実利的な露の対アフガン政策
日本対外文化協会理事 中澤 孝之
タリバンとの対話を継続
中央アジアでの権益維持重視
バイデン米大統領の公約に従った米軍部隊の撤退が進行中のアフガニスタンで、イスラム主義武装勢力タリバンが電光石火のごとく政権を掌握し、国際社会を驚かせた。組織のハシミ幹部は、新たな政治体制では「民主主義的な制度は全く存在しなくなるだろう」と語り、「どの政治体制を採用するかは話し合わない。イスラム法に基づくことが明確だからだ」とも強調。最高指導者アクンザダ師が率いる統治評議会により政権が運営される可能性があると示唆した。
新国家建設に米ソ失敗
迅速なタリバン復権による女性の人権無視などアフガニスタン国内の未曽有の混乱は、しばらく続く気配だ。若年層を除き、多くのアフガニスタン国民は、1996年から2001年までの旧タリバン政権の執権期の極端なイスラム教解釈に基づく恐怖政治の記憶があって、新政権への懸念は容易には消し去ることができないようだ。早くも、地方で全身を覆うブルカを着用せずに外出した女性がタリバン戦士の銃撃によって殺害されたとの情報もある。また、アフガン国営テレビの著名なアンカー、ハジバ・アミンさんなど局内の女性職員たちがタリバンによって無期限停職にされた。アミンさんは「私は記者だが仕事がなくなった。タリバンはタリバン。彼らは変わらなかった」と語ったという。
ところで、英ウェールズに本部を置くカーディフ大学教授で、米ジョンズ・ホプキンズ大学の先進国際研究スクール教授のセルゲイ・ラドチェンコ氏はロシアのメディアに、「米大統領ジョー・バイデンは、元ソ連大統領ミハイル・ゴルバチョフが1980年代末に直面したのとよく似た立場に立たされている」と述べ、「アフガニスタンのナジブラ親ソ傀儡(かいらい)政権が崩壊して約30年後の今、間違いなく言えるのは、ゴルバチョフが当時、指導部の仲間から激しい非難を浴びながらも、アフガニスタンからの撤退という正しい決断を下したということである。バイデンが今受けている圧力は誰にも分からない。しかし、そのやり方がソ連の撤退ほど秩序だったものではなく、それほど印象的ではなかったにせよ、彼もまた正しい決断をしたのである」と指摘した。
「正しい決断」だったかどうかはともかく、米国とソ連は、アフガニスタンでの新国家建設に合計30年間を費やした。しかし、その努力は、いずれも悲惨な失敗に終わったのである。
アフガン問題ロシア大統領特別代表ザミル・カブロフ氏によれば、ロシアはタリバンとの連絡を、アフガニスタン政権とよりも、優先させていたという。同氏は「過去7年間、ロシアがタリバン運動と接触してきたのは、それなりの目的があったからだ」とも述べた。「目的」の内容は明らかにしていないが、ロシアは2018年秋からタリバンと他のアフガン国内勢力との協議を主催。今年3月にタリバンとアフガニスタン政府、米国、中国、パキスタン、インドを交えた会合をモスクワで開いた。ロシアが公式に「テロ組織」と指定していたタリバンの代表団と7月にモスクワで会ったラブロフ外相は、タリバンを「アフガン社会の一部」とさえ呼んだ。
タリバンの首都カブール制圧後、多くの国が大使館を閉鎖し、職員らの国外退避に躍起になっているさなか、ロシアはいっこうに動揺していない。タリバンがカブールに到着するのを待ち受けていたとの見方さえある。ロシアの駐アフガニスタン大使ドミトリー・ジルノフ氏は早々にタリバン幹部と会い、ロシア国営テレビで、「前向きかつ建設的な」会談だったと述べた。30年前とは全く対照的だ。大使は、タリバンが既に大使館を警護しており、建物の安全をロシア政府に保証したと明かした。タリバンの戦闘員らは、ロシア人外交官の「髪の毛一本すら傷つけられることはない」と約束したという。
政情不安回避を最優先
イスラム強硬派タリバンの起源は1980年代、旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻に抵抗した紛争にさかのぼる。だが、タリバンに対する現在のロシアの見方は、極めて実利的だ。アナリストらによると、ロシア政府は複数の軍事基地を持つ中央アジアにおける権益を守ることを重視し、自国に隣接する地域で政情不安やテロの可能性が広がることは何としても避けること。これをロシアは最優先に考えており、そのためにタリバンとの対話を続けてきたのだった。
(なかざわ・たかゆき)











