ワクチン開発で影響力拡大狙う露

ロシア研究家 乾 一宇

世界に先駆けて接種開始
英製薬大手と共同治験実施も

乾 一宇

ロシア研究家 乾 一宇

 ワクチンには感染症の発症や重症化を予防する効果がある。昨年末、欧米で相次いで新型コロナウイルスワクチンの接種が始まった。その皮切りはロシアであった。世界で初めて新型コロナウイルスの国産ワクチン「スプートニクV」の緊急承認(昨年8月)に踏み切ったロシアは、接種においても世界に先駆けた。

 プーチン大統領は、11月末、新型コロナウイルスワクチンの大規模な接種開始業務をT・ゴリコワ副首相に委ねていたところ、S・ソビャーニン・モスクワ市長は大統領の意向を踏まえ、ロシアの世界一番乗りを目指した。英国がワクチン接種を始めようとしていたからだ。

価格・配送面でメリット

 ワクチン開発の先駆けとして、国際社会での影響力を高めたいロシアは、欧米への対抗心をあらわにしている。12月5日、感染リスクの高い医師や教師を対象に首都でワクチン接種が始まった。接種は無料である。対象希望者はインターネットで申請、受け付け初日に5000人が予約、モスクワ市内の70カ所で始まった、と報じられた。

 これより先の11月には、ベラルーシやアラブ首長国連邦、ベネズエラ、インドで治験(臨床試験)第3段階の実施と承認が行われた。スプートニクVの購入予約は50カ国以上、12億本という。外国市場への供給用ワクチンはインドやブラジル、中国、韓国などにあるロシア直接投資基金(RDIF)国際パートナー(契約製造業者)が製造する。

 12月、北大西洋条約機構(NATO)加盟国トルコはスプートニクV導入を望み、安全基準の検査を行い、供給を受ける。同月末、アルゼンチンは100万本の供給を受ける契約に合意、年末から接種を開始、マレーシアも640万回分を購入する方向で交渉を進めている。一方、駐日ロシア大使は、日本に売り込みをかけているが、日本の関係者・機関は関心を示していない。

 スプートニクVは欧米のワクチンに比べて価格が安い。2回接種するが、国外での価格は1回分10㌦(約1050円)以下である。また英製薬大手アストラゼネカのワクチン(日本も1億2000万本・6000万人分契約済み)と同様、一般的な冷蔵庫の温度(2~8度)で保管できる。スプートニクVは、安全性、有効性、価格、配送面で大きなメリットがある、というのがロシアの宣伝文句である。

 一方、スプートニクVに対する安全性への不安、すなわち第3段階の治験が終了していないのに、接種に踏み切っていることが指摘されている。これについて、スプートニクVに使用されているヒトのアデノウイルスベクター(運搬役)は、第3段階の結果を得るまでもなく、何十年にもわたって実施してきた250件もの同種治験によって、安全性が実証されている、と反論している。

 12月12日、英BBC放送は次のように報じた。英アストラゼネカのロシア法人は、英オックスフォード大学とアストラゼネカが開発する新型コロナウイルスワクチンと、ロシアのスプートニクVとを組み合わせた臨床試験を行うと、11日に発表した。アストラゼネカのワクチンはより大きな効果を得るため、スプートニクVに含まれる成分を使用した治験を共同で実施する。つまり異なる2種類のワクチンを組み合わせることで、新型ウイルスに対する免疫力が強まる、あるいは長く持続できるかを調べるという。治験はロシアで行われ、18歳以上の被験者が参加する予定だが、人数は明らかにされていない(これら英露のワクチンは、遺伝子コードを使用、同じ原理を採用)。

 この共同治験について、ロシア直接投資基金K・ドミトリエフ総裁は、アストラゼネカの決定は、パンデミックとの戦いにおける重要な一歩である。ワクチン製造会社間の協力の新段階の始まりを歓迎し、今後この協力関係をさらに発展させる方針であり、新しいワクチンが治験で有効性を示し、共同生産に入れることを期待している。他のワクチン製造会社も、我々の例にならうことを願っている、と語った。

大量商品化への正念場

 スプートニクVは、これからロシア国内外で使用されることによって有効性や安全性が明らかになってくる。ロシアはワクチン開発の難事を克服、大量商品化にこぎ着けられるのだろうか。正念場を迎えている。

(いぬい・いちう)