地歩固めるミシュスチン露首相
日本対外文化協会理事 中澤 孝之
メディア帝国構築に着手
閣僚人事で内閣掌握を強める
ミハイル・ウラジーミロビッチ・ミシュスチン。今、この名前の人物を覚えている人は少ないのではないか。今年1月16日に連邦税務局長官から53歳で抜擢(ばってき)された第11代ロシア首相である。
プーチン大統領(68)は同15日に、終身のナンバー2かと思われた当時の首相ドミトリー・メドベージェフ氏(55)を更迭し、後継にミシュスチン氏を指名した。ミシュスチン氏は、大統領府長官や第1副首相、首相、大統領そして首相などと中央の要職を重ねてきた前任者よりもはるかに知名度が低いこともあって、この首相人事は、1999年8月、当時のエリツィン大統領がプーチン氏を第1副首相(首相代行)に指名したときと匹敵するくらいに、驚きをもって迎えられた。
強烈な野心剥き出しに
首相就任後、近く1年になるが、外交案件のほとんどは大統領任せで、ミシュスチン首相の名前はロシアのメディアには、経済問題やコロナ禍の関連でちょくちょく登場する程度。本邦を含めてロシア国外のメディアでは名前が出てくる機会が少ないこともあって、あまり知られてこなかった。
著名なロシアの改革派経済学者、非営利シンクタンク「ポスト工業化社会研究所」所長のウラジスラフ・イノゼムツェフ博士は最近、米国の某メディアに寄稿した論稿の中で、ミシュスチン首相について次のように分析した。
「実務官僚だったミシュスチンは首相に起用されて以来、強烈な野心を剥(む)き出しにし、自らの側近チームを結集して、将来性のある国民的指導者としてのイメージづくりに積極的に取り組むようになった」
「ロシアでは自分の政治的権威を高めるためには、メディアの忠誠を確保することが必要とされていることから、ミシュスチンは内閣首班ならではの権限を駆使し、増え続ける身辺の忠誠者を取り込みながら、自らのメディア帝国の構築に既に着手し始めた。進行中のこのプロジェクトで決定的に重要な人物は、ドミトリー・チェルヌイシェンコではないかと思われる」
「ミシュスチン首相のメディア進出で最も可能性の高いシナリオは、既存放送局の大掛かりな買収である。何よりもまず、ガスプロム・メディアおよびナショナル・メディア・グループが現在所有する放送局などがその対象となりそうだ」
「全ロシア世論調査センター(WCIOM)が行った10月4日の調査によると、回答者の54%がミシュスチン首相を信頼している。これはプーチン大統領への信頼度より13ポイント低いだけで、調査対象となったロシアの公的人物の誰と比べても2倍以上の数字である」と。
ミシュスチン首相は就任直後、旧友チェルヌイシェンコ氏(53)を副首相に登用した。首相の全幅の信頼を得ている同氏は、国内の政府系テレビや、RT(Russia Today)といった国外の視聴者向け媒体の双方に対抗できるような、新たなメディア・ホールディングの設立に乗り出した。チェルヌイシェンコ氏はサラトフ生まれ。2015年1月からガスプロム・メディア・ホールディングの総支配人兼取締役社長。今年1月21日から副首相(デジタル、経済、通信とメディア、文化、ツーリズム、スポーツ担当)を務めている。
プーチン後継は未知数
なお、ロシア下院は11月10日、ミシュスチン首相が提案したノバク・エネルギー相の副首相昇格など計6人の新たな閣僚人事を承認した、これを受けて同日、プーチン大統領は全員を新しい閣僚ポストに任命する大統領令に署名。ロシアの有力英字紙「モスクワ・タイムズ」は同日、「ミシュスチン首相は小規模閣僚人事で内政の掌握を固めた」と題する論評を配信した。
「今年初めに大方の予想を裏切って首相に任命されたミシュスチン氏が、徐々に内閣に権力を浸透させつつある兆候」との見方を紹介した内容だ。ミシュスチン首相の政治活動についての情報は少ないが、権力の地歩を着々と固めつつあるもよう。プーチン後継になるのかどうかは未知数だが。
(なかざわ・たかゆき)






