コロナ禍に苦慮する露大統領

ロシア研究家 乾 一宇

国内全て自主隔離体制に
感染者拡大で支持揺らぐ恐れ

乾 一宇

ロシア研究家 乾 一宇

 最近、ロシアで新型コロナウイルスの感染者が急増している。3月末に、感染者が2337人(死亡17人)だったのが4月中旬から一気に加速(14日2万人突破。死亡170人)、5月8日現在、感染者が18万人7859人に達し、仏、独を追い越し、ワースト5位に陥った。死亡者は1723人(12人/100万人)で欧米諸国より著しく少ないのが特徴である。

違反増え行動制限強化

 そもそも、ロシアで新型コロナ感染者が初めて確認されたのは1月31日(米国21日、スペイン2月13日、イタリア21日初確認)で、極東在住中国籍の2人であった。

 中国の武漢封鎖などもあり、新型ウイルス流行初期の対策をとった。中国からロシア国民を帰国させ、ロシア到着後は14日間の隔離措置を行った。

 世界保健機関(WHO)事務局長の中国忖度(そんたく)発言を米国同様無視、中国からの感染阻止のため、2月に中国からの外国人入国制限を行った。ロシア・中国間のビザなし渡航は停止となり、中国との航空・鉄道輸送を制限した。ただ、感染が拡大していた欧州との往来は3月上旬まで行われており、この間に多数の感染者が入国した可能性がある。

 国内では、主要地域で自主隔離を要請、集団行事は中止、文化・スポーツ施設は閉鎖、学校や大学では長期休暇が延長され、その後オンライン授業へと移行した。

 3月25日、今後1週間を有給の非労働日(30日開始)にする、と発表した。4月2日にはこれを月末までに延長、さらに28日には5月11日まで再々延長した。

 3月30日には、国内全てが自主隔離体制となった。特別な用事がなければ自宅を出ることを禁止、例外は国家機関、医療関係者、食品・医薬品供給者、社会インフラ従事者などである。

 4月1日、プーチン大統領は非常事態宣言発令の全権を政府に与える法律に署名したが、まだロシア政府は発令していない。

 しばらくすると、行動制限の違反が目立ち始め、感染者も増加、政府は10日に制限措置を厳しくした。15日から、外出許可証制度が始まった。タクシーを含む個人の移動や公共交通機関による移動には全て許可証が必要になった。

 新型コロナウイルスの措置において、ロシア軍が大きく関与している。

 軍や建設業者はコロナ感染患者用の専門病院の建設を始めた。例えば、モスクワ郊外に新型コロナに感染した患者を治療するプレハブ造りの専門病院の建設を3月12日に開始、4月20日から運用している。900床を備え、1日1万件のコロナウイルス検査が可能である、という。

 国防相は、4月7日、太平洋艦隊のオビ級病院船「イルティシュ」の100病床を、新型コロナ関連で一般患者受け入れ用として、450床に増加させるよう命じた。ちなみに、軍内感染者は1099人、士官候補生1174人である(5月1日時点)。

 3月24日の報道では、イタリアへ軍専門家チームや医療機器を延べ14機の軍輸送機で送り込んだ。また、米国に医療用マスクや機材を空輸している。

 4月中旬からの感染者の急増から、初期の「事態をコントロールしている」との政府の楽観論は消え、警戒心が広がっている。

重要行事、延期・中止に

 4月22日に予定していた、大統領3選を可能にする憲法改正の国民投票、5月9日の外国首脳を招いた対独戦勝記念式典や赤の広場での軍事パレード、6月初め開催の国際経済フォーラムを、感染拡大から延期・中止した。重要行事の延期は政権の威信に関わることである。目に見えない敵は厄介なものである。

 プーチン大統領は4月28日、地方知事らとのテレビ会議で「われわれは疫病との闘いの最も厳しい局面に直面している」と述べ、一層の対策強化を求めた。

 ところが30日、対策の陣頭指揮を執るM・ミシュスチン首相が感染し、さらに5月初め閣僚2人が感染している。

 感染者が急増する中、対策を誤れば政権への不満が高まり、プーチン氏に対する支持も揺らぐことになる。コロナ恐ろしである。

(いぬい・いちう)