侮れぬイランのサイバーパワー
日本安全保障・危機管理学会上席フェロー 新田 容子
米中露に次ぐ規模と能力
国を挙げ最先端技術取得図る
昨年5月、米国が2015年に米英独仏中露とイランの間で結んだイラン核合意から、一方的に離脱すると表明後、両国間で軍事的挑発がエスカレートしている。この6月、米国はイランによる無人偵察機の撃墜を受け、報復措置としてミサイル発射やスパイ活動に関わるイランのコンピューターシステムにサイバー攻撃を行っていた。
イランとの戦争を避けたい欧州各国は米国主導のイラン包囲網を狙いとした「有志連合」構想に慎重な声を上げており、近く米国抜きでの合意継続を話し合うための閣僚級協議の開催が決まっている。我が国もこの「有志連合」への参加を要請されており、自衛隊法に定められた海上警備行動を発令、自衛隊の派遣を決断すべきかどうか、日米同盟を基軸とした我が国の安全保障の在り方を問われている。
中露との結び付き強化
直視すべきは、イラン対応に各国が一枚岩になれない状況下、米国が躍起になっている自国主導の制裁強化がかえって対米路線を張るロシア、中国などとイランとの結び付きを強めていることだ。ジャフロミ情報通信技術省大臣はこの6月、北京で苗圩中華人民共和国工業情報化部大臣との会談の際、米国のIT分野における一国主義と覇権を非難、米国のサイバー脅威に立ち向かう共同作業部会の立ち上げに合意した。イランへの厳しい制裁、中国のファーウェイへの制裁が両国共通の課題だ。
軍事面ではロシアは中東に武器兵器や代理支援を行い、中国は自国の軍を生かす機会に目を向けている。露中とも米国のイランに対する緊張の高まりを非難している。露中にとってイランとのサイバー攻撃の連携は、サイバー武器の効果を試す絶好のチャンスでもある。
米国のサイバー力と比肩し得るのはロシア、中国というイメージが強いかもしれない。しかし、今や米国政府はイラン革命防衛隊(以下IRGC)をテロ組織に認定し、サイバーパワーが脅威をもたらすと公言している。背景としてスノーデン容疑者が漏洩(ろうえい)した米国家安全保障局(NSA)の機密文書にも、イランは自国の核施設に対する西側諸国のサイバー攻撃を通して驚くほどのスピードで学習したとある。イランは07年に米国とイスラエルが開発したスタックスネットのおかげでサイバー空間を自国のためにいかに利用できるのかを学んだ。
既に05年にはIRGCは国内の反体制派を取り締まるためのサイバー軍を創設、11年にはイスラエルの軍事基地写真を入手、12年に捕らえた米国の無人機スキャンイーグルのデータを抜き取った。既にこの時点で米国およびイスラエルへの監視能力を保持しサイバーパワーを持ったことになる。
11年にサイバー技術の強化に10億㌦を投資、12年にネット上の反体制派の偵察、イラン政府のプロパガンダの拡散を行う約12万人を雇用、13年当時、最高指導者ハメネイ師はインテリジェンス、軍、セキュリティー、広報のトップも取り込みサイバースペース最高評議会を創立し、世界のサイバー軍で4番目の規模を持つと公表した。他国からの圧力や経済制裁を加えられても国防のために最先端技術へのアクセスに必死で取り組む姿は北朝鮮とも重なる。
また、13年以降IRGC主導で自国の軍事力の強化を狙い、米国をはじめとする大学や企業から研究資料や知的財産を窃盗しグローバルな規模で他国のデータに侵入している。イランはロシア同様、自国の情報ネットワークの確立を目指しており、インターネットを他国から切り離す“インターネットの分断”の動きも顕著だ。
対サウジ攻撃繰り返す
世界各国にネガティブなインパクトをもたらしている米中間の貿易摩擦は、中国のサイバー窃盗による米国側の経済損失が根底にある。1980年代当時の日米貿易摩擦の折とは状況が全く異なり、国家安全保障の問題が貿易問題とパッケージ化している。これは情報通信技術(ICT)がもたらした現実の世界だ。
イランの動きも同一だ。サウジアラビアのアセットであるエネルギー関連政府機関や企業に甚大なサイバー攻撃を繰り返している。イラン核合意維持の可否が表面上の課題ではあるが、サイバーパワーは常に優位に立つための常套(じょうとう)手段だ。イランは経済と地政学的な勢力の関係をよく理解している。
(にった・ようこ)






