米のアフガン撤退は中国を利するか
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
パキスタンの治安悪化も
一帯一路の足引っ張る可能性
アメリカは大混乱の中でアフガニスタンから撤退している。空港周辺ではとうとうテロも発生した。ガニ政権はアメリカが去れば、長くはもたないとは予測されていた。しかし、20年に及ぶ戦闘とアフガニスタン再建の努力がこれほどあっけなく終わり、逃げるように去るのは何よりもアメリカにとり予想外だった。
一番の恩恵を得る中国
アメリカや北大西洋条約機構(NATO)諸国のアフガニスタンからの撤退を待ち望んでいたのは、タリバンだけでなく中国やロシア、イランも同じである。しかし一番の恩恵を得るのは中国だろう。アメリカという存在がアフガニスタンから消えるだけではない。占領も国づくりもそして撤退も失敗だったとあればアメリカの威信が傷つき、国際舞台での影響力にも影が差す。
またアフガニスタンは中国にとって地理的にも重要な場所にある。中国、パキスタン、イラン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンと国境を接する同国は、中国を中央アジアから中東、欧州、アフリカをつなぐ「一帯一路」(BRI)構想の要ともいわれる。
隣国パキスタンではBRIの一部として中国・パキスタン経済回廊(CPEC)が2015年より進んでおり、620億ドルをかけてパキスタンの交通、鉄道、パイプライン網や港湾の開発が進められている。これを足場としてパキスタンのペシャワルからアフガニスタンへの道路建設計画もあるようだ。
アフガニスタンはこれまでもBRI参加に関心を示してきたが、アメリカの存在がそれを思いとどまらせてきた。タリバンにはそんな躊躇(ちゅうちょ)はないし、中国の投資に大きな期待をかけている。
しかし、アメリカの撤退は中国に不都合な問題ももたらしている。米軍やNATO軍が去ることで、これまでどうにか勢力を抑えられていた武装集団の活動が、周辺国に脅威をもたらす懸念である。イスラム国家(IS)を恐れるロシアはすでにタジキスタンやウズベキスタンと軍事演習を行っている。中国にとっての不安は、新疆ウイグルの分離独立を目指しアフガニスタンを拠点に活動する東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)である。
先月、ドーハで中国の王毅外相がタリバンの副司令官の一人で政治部門のトップであるアブドゥル・ガニ・バラダル師と会談した際に、「いかなる勢力も中国を脅かすような行動を取ることにアフガニスタンを利用することを許さない」との約束を取り付けたのは、タリバンに投資の条件をはっきりと示したとも言える。
しかしタリバンといっても一枚岩ではない。比較的穏健派からハッカーニ派のように残忍な一派まであり、アフガニスタンにはさらにISのコラサン派やアルカイダなど過激な武装グループが多々ある。
パキスタンとアフガニスタンは国内情勢が互いの治安に大きく影響するが、アフガニスタンからアメリカが去り、タリバンが支配することで、パキスタンでも治安情勢に不安が膨らんでいる。武装勢力パキスタン・タリバン運動(TTP)は長年パキスタン北西部を拠点に同国内外でテロをもたらしていたが、パキスタン軍に追われ、近年はアフガニスタンに拠点を移していた。
しかし、タリバンがアフガニスタンで勢力を伸ばすに従い、TTPも勢いを増しており、再びパキスタンに戻り、核保有国でもある同国の治安をさらに悪化させる恐れがある。陸路でも海路でもBRIに不可欠なパキスタンの治安が悪化すれば中国に大きな打撃となる。
中国が標的のテロ続発
4月には中国大使が滞在するホテルでTTPが爆破テロを実行した。7月にはパキスタン北部でダス水力発電ダム建設に携わっていた中国人エンジニアや技師が乗ったバスが爆破され、犯行声明はないものの、パキスタン政府は、アフガニスタンを拠点とする武装集団によるテロと主張している。
アメリカがアフガニスタンから撤退するのは、中国の台頭に対応するために持てる力をアジア太平洋地域に集約するという目的もあった。それが結果的に中国を利するとすれば皮肉である。しかし、中国にとっても、降ってきたはずのチャンスが国内外の治安の悪化を招き、BRIという一大プロジェクトの足を引っ張る恐れがある。
(かせ・みき)