「反日戦線」死守に躍起? 韓国で「慰安婦批判禁止法案」発議
事実摘示でも名誉毀損罪
韓国の元慰安婦を支援する運動をした後、左派系与党「共に民主党」の国会議員になった尹美香氏(今年6月、不動産違法取引疑惑で党除名)らが支援団体への批判を処罰できる法案を発議し、物議を醸している。各種の疑惑が浮上した支援団体に対する世論の不信を払拭(ふっしょく)させ、国内の「反日戦線」を死守する狙いがあるとみられる。(ソウル・上田勇実、写真も)
親北疑惑の追及逃れも
法案は「日帝下日本軍慰安婦被害者に対する保護・支援および記念事業などに関する法律の一部改正案」。発議したのは尹氏のほか1970年代から80年代にかけて民主化運動に没頭し、その後、盧武鉉政権下で閣僚などを務めた故金槿泰氏の夫人、印在謹議員など与党議員ら計10人だ。
これまでにも国会ではいわゆる「歴史歪曲(わいきょく)禁止法」と称される各種法案が発議されたが、いずれも処理されないまま会期末を迎えて自動廃案になり、あまり関心を集めなかった。それが今回は、共同発議者に尹氏が名を連ねたことで、韓国メディアは「事実上の尹美香保護法」などと一斉に取り上げ、大騒ぎになった。
法案で問題になっているのは、「被害者や遺族を誹謗(ひぼう)する目的で慰安婦被害者に関する事実を摘示した」だけで処罰が可能になり、「日本軍慰安婦関連団体」に対しても名誉毀損(きそん)を禁ずるという内容が新たに盛り込まれたこと。これらの行為を新聞、雑誌、放送、出版物、展示物、公演、掲示物などを通して行い、摘発されれば懲役5年以下か5000万ウォン(約470万円)以下の罰金が科せられる。
法案について、支援団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(=正義連、旧挺身隊問題対策協議会=挺対協)を舞台にした尹氏の違法行為を昨年5月に内部告発した元慰安婦の李容洙さんは、「私が明らかにした挺対協の真実も違法なのか」と反発した。
保守系の最大野党「国民の力」の有力な次期大統領候補である尹錫悦・前検事総長も、副報道官の論評で「被害者・遺族の保護を口実にした尹美香・正義連の保護」と批判。最大手の保守紙・朝鮮日報は社説で、「この法案が与党議員の名で発議されたことだけをもってしても、国民をばかにしているという批判は免れ得ない」と指摘した。
こうした反発は容易に予想されたはずだが、それでも法案発議に踏み切ったのはなぜか。その背景について、慰安婦像撤去などを求める市民団体を率いる崔徳煥氏はこう指摘する。
「尹氏が崩れれば正義連の活動に支障が生じ、被害者が暮らす『ナヌムの家』も安泰ではいられまい。慰安婦問題をめぐる反日戦線が崩されては困るのだろう。現在、寄付金・補助金の不正流用や詐欺などの容疑で起訴されている尹氏が、自分自身を防御する目的もあるのではないか」
また『反日種族主義』の著者の一人、朱益鐘氏は「慰安婦問題は長く韓国社会の聖域だったが、尹氏の不正疑惑が明るみとなり、支援運動の正当性が相当傷ついたのは確か。慰安婦像撤去を求める運動に同調する人も増え、危機意識を抱いているはず」と述べた。
反日路線を国内政治に利用してきた文在寅大統領にとり、尹氏はいわば「反日運動の先頭に立ち続けることで政権の誕生と基盤固めに貢献した大株主のようなもの」(朱氏)。多少の逸脱行為があっても目をつぶるしかない。
結局、反発が広がったことで今回の法案は発議から2週間足らずで取り下げられたが、今後も修正を加えながら同様の法案発議が繰り返される可能性が高いとみられる。
本紙は2017年、尹氏と正義連の活動の背後に北朝鮮がいる可能性が高いという、いわゆる親北疑惑をめぐる韓国内での訴訟の動向を報じた。これを韓国ネットメディアが引用して伝えたことなどを尹氏と正義連が問題視し、「虚偽事実だ」として訴えたが、ソウル中央地裁は翌年、「虚偽事実を摘示したとみるだけの内容を探すのは難しい」として訴えを退けた。
尹氏・正義連が北朝鮮と関係していることを韓国司法が間接的に認めたわけだが、今回の法案発議には、そうした隠された闇に対する追及を、今度は法律を盾に逃れようという思惑もあるのかもしれない。