イラン情勢に向き合う原則
東洋学園大学教授 櫻田 淳
自由主義VS権威主義の構図
問われる日本の今後の対応
カーセム・ソレイマニ(イラン革命防衛隊所属コッズ部隊司令官)が米軍部隊の攻撃によって殺害された一件は、中東情勢の一層の緊迫を懸念する声を高めたものの、ドナルド・J・トランプ(米国大統領)の声明によって一応の収束を観(み)た。
ソレイマニは、確かにイラン国内では「英雄」として語られたけれども、イラン内外でイラン革命体制にとっての「革命の敵」勢力に対する酷薄な弾圧を主導的に手掛けた人物でもある。
米作戦発動に一定の理
アリ・ハメネイ(イラン最高指導者)が「激しい報復」を宣言し、マージド・タクト・ラバンチ(国連駐箚(ちゅうさつ)イラン大使)が「軍事行動」発動を表明したように、ソレイマニ爆殺作戦発動は、特にイラン革命体制指導層からの激越な反発を招いたけれども、イランが核開発や周辺諸国への挑発を通じて長らく中東方面の騒擾(そうじょう)要因として語られた以上、米国の作戦発動に一定の理があることは、明確に指摘されなければならない。
そもそも、「窮鼠(きゅうそ)、猫を噛(か)む」とはいうけれども、「鼠」は所詮(しょせん)「鼠」である以上、「猫」を噛んでしまえば、その先にあるのは「猫」に食われる末路しかない。イランは結局、米国との関係において、「鼠」以上の存在にはならない。米国・イラン関係を含む中東情勢を観察する際には、その意味を振り返ることは、大事である。
それでは、日本の対応は、どのようなものであるべきか。米国・イラン関係の緊張は目下、小康状態にあるとはいえ、その確執が何時(いつ)、再燃するかは定かではない。参考になるのは、英国の対応である。NHK記事(1月5日配信)に拠(よ)れば、ベン・ウォレス(英国国防相)は、マーク・エスパー(米国国防長官)と意見を交わした際、英国の初期対応を示した。それは、次に挙げる三つを骨子とする。
一、関係当事者全てに対して事態の鎮静化を要求する。
二、ソレイマニ爆殺に絡む米国の立場に理解を表明する。
三、ホルムズ海峡の「航行の自由」確保に向けた具体的な行動を取る。
これらの三つの対応は、米国の同盟国のものとしては誠に相応(ふさわ)しい。実際、イェンス・ストルテンベルグ(北大西洋条約機構〈NATO〉事務総長)は、「イランはさらなる暴力と挑発をやめなければならない」と強調した上で、米国のソレイマニ爆殺作戦については、「米国は論理的根拠を示した。われわれは説明を評価し十分に理解する」と語った。
その一方、ソレイマニ爆殺直後の王毅(中国国務委員兼外交部長)とモハンマド・ジャバド・ザリフ(イラン外相)の会談では、米国の「武力の濫用(らんよう)」が非難されたけれども、それが示すのは、中露両国がイランの後ろ盾になろうとする動きが鮮明になっているという事情である。
イラン情勢に際しても、「自由主義」世界と「権威主義」世界の確執の構図が明確に浮かび上がる。日本の対応を考える際には、この意味を誤解しないことが大事であろう。
安倍晋三(内閣総理大臣)は、年頭記者会見の席で中東情勢に関して、「深く憂慮している。事態のさらなるエスカレーションは避けるべきで、全ての関係者に緊張緩和のための外交努力を尽くすことを求める」と表明した。
対米協調が自明の前提
ペルシャ湾やホルムズ海峡は、日本が展開する「自由で開かれたインド・太平洋」構想で想定される圏域の西の突端に位置するのであれば、そこへの関与に際しても、「米国との協調」は、自明の前提になる。
このたびの日本政府の初期対応は、イランとの「伝統的友好関係」を顧慮した故にか、その「米国との協調」を示す姿勢が弱いきらいがあった。米国とイランの「手打ち」によって、こうした曖昧な姿勢の弊害が露(あら)わにならず、対イラン関係の「ストック資産」が損ねられなかったのは、日本にとって僥倖(ぎょうこう)であった。この「運」を今後、どのように活(い)かすかが問われよう。(敬称略)
(さくらだ・じゅん)