「香港の自由」を擁護する意味
東洋学園大学教授 櫻田 淳
西方世界の「出島」的存在
「天安門」の比でない武力弾圧
「香港の自由」が瀬戸際に立たされている。香港政府が企図した「逃亡犯条例」改正の動きに触発された香港市民の広範な抗議活動は、収束しない。抗議活動の一部は、香港警察部隊との度重なる小競り合いを経ながら、香港国際空港占拠という事態に至っている。
中国共産党政府は、香港での抗議活動を「テロに近い行為」と断じた中国国務院香港マカオ事務弁公室声明に示唆されるように、武装警察部隊投入を通じて事態の直接収拾を図る構えを鮮明にしつつある。
対中牽制に動く米議会
こうした中国共産党政府の動きを前にして、米国連邦議会下院では、エリオット・エンゲル(外交委員会委員長/民主党)とマイケル・マコール(同委員会筆頭理事/共和党)が共同声明を発表し、中国が「平和的な抗議行動を暴力で抑圧する」こと自体に懸念を表明した上で、その懸念が現実のものとなった暁には、米国が「速やかな対応」を採るであろうと指摘している。
ドナルド・J・トランプ(米国大統領)は、香港境界での武装警察部隊集結に言及した8月13日のツイッターに続き、14日のツイッターでも、「中国はまず香港問題に人道的に対処すべきだ!」と指摘した。トランプの指摘はともかくとして、米国連邦議会で「香港の自由」に絡んで対中牽制(けんせい)の動きが明示的に出てきていることの意味は、大きいであろう。連邦議会の動きこそ、米国の「国家の意志」を反映するものであるからである。
そもそも、香港は、政治・行政上は「中国の一部」であったとしても、既に価値意識の上では「中国の一部」ではない。事実、国際NGO団体「フリーダム・ハウス」が発行する『世界における自由 2019年』報告書の「自由度」指標によれば、中国本土やチベット自治区が100点満点中、それぞれ11と1という極端に低い値を示しているのに対して、香港が付ける値は59である。
「西方世界」にとっては、香港は、極東において自らの「自由」に絡む価値意識が移植された「出島」のごとき存在である。中国共産党政府は、その香港の位置をどこまで適切に理解しているであろうか。
故に、仮に中国共産党政府が「香港の自由」を弾圧すべく武装警察部隊や人民解放軍部隊を投入し、流血の事態を招くならば、その衝撃は、「天安門」の比ではないであろう。北京・天安門のような「中華世界の本丸」とは異なり、香港は「自由が移植された空間」なのであれば、そこでの蛮行は、それ自体が「西方世界」に対する侵略の類として受け止められるであろう。
「西方世界」諸国中、特に米国の反応は重要である。米国調査機関「ピュー・リサーチ・センター」が8月13日に公表した世論調査の結果に拠(よ)れば、調査対象となった米国国民の中で、中国に好意的ではない層の比率は、昨年調査時点の47%から60%に上昇し、それは、調査を開始した2005年以降の最高値を示した。
この調査結果は、トランプがショー・アップする「経済・貿易」面よりも「軍事・安全保障」面で、米国国民における対中脅威認識が強まっている事情を伝えている。中国共産党政府による「香港の自由」の武力弾圧は、既に徐々に進行していた米国国民の対中疑念を一挙に表出させるという意味において、米中第2次冷戦における「パール・ハーバー」の位置を占めることになるのであろう。
無関心たり得ない日本
日本も「香港の自由」の行方に無関心たり得ない。日本が標榜(ひょうぼう)する「西方世界」国家としての信条の真贋(しんがん)が問われる局面が近付いている。8月20日、河野太郎(外務大臣)は、王毅(中国外交部長)と会談した際、香港情勢についての「憂慮」を伝えた。「香港の自由」は、日本にとっての「真偽、善悪、美醜の基準」の中に「自由の擁護」が含まれることを想起させている。
(さくらだ・じゅん)