友好進展の陰で進む中国の戦略

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

尖閣での軍事威圧強化
軍の指揮下に入った海警局

茅原 郁生

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

 このところ日中関係は穏やかに進展している。20カ国・地域(G20)サミットで来日した習近平主席との日中首脳会談も友好的に開催され、来春には国賓として習主席の正式来日も快諾された。経済で相互依存関係を深める両国にとっては結構なことである。しかし外交上の対日微笑外交の裏で気に掛かることもあり、その実態を探っておこう。

日米同盟弱体化狙う?

 一つは中国外交の真意で、これまで中国は米中関係が厳しくなるとロシアに接近し、中露友好関係をアピールしてきたことが想起される。米中間の貿易摩擦が拡大・激化する中で、対日微笑外交も緊密な日米同盟関係の離間を図るものであるとすれば手放しでは喜べない。折からG20を契機にトランプ米大統領が日米安保同盟の片務性を指摘しており、同盟の解約はないとしたものの、日米同盟関係の弱体化を狙いとした対日接近であるとすれば警戒を要すことになる。「遠交近攻」「敵の敵は友」などの外交戦術に長ける中国の微笑(ほほえ)みかけを逆手にとって、この際、米中仲介の外交を展開する好機とする強(したた)かさも必要になろう。

 もう一つ看過できないのは、政治的な微笑外交の一方で、尖閣諸島海域ではなお中国公船によるわが主権を脅かす侵入などが続いていることである。周知のように尖閣諸島の領有権を主張する中国は、常時3~4隻の中国海警局の公船を派遣しており、わが海上保安庁の巡視船と対峙(たいじ)している。そういう事態にあって中国公船が、わが巡視船の警告や制止を無視して、あえて領海侵犯や接続水域内航行のデモンストレーションを反復している。令和時代になった2カ月だけでも中国公船の領海侵犯は6回にわたり延べ22隻に及び、接続水域侵入に至っては3~4隻がほぼ毎日のように恒常的に反復していた。対日微笑外交の一方で反復される警戒すべき事象が続いていることは憂慮すべき事態である。

 中国は、1974年に南シナ海のパラセル(西沙)諸島をベトナムから砲火で奪回したのを手始めに、文化大革命の嵐が終わった70年代から遅れて海洋進出を始めてきた。既にスプラトリー(南沙)諸島など南シナ海の島嶼(とうしょ)はベトナムやフィリピンなどによって実効支配の領域が広がっていたが、中国は92年の領海法の制定、東シナ海での尖閣諸島の領有権主張、南シナ海での7岩礁の埋め立てと軍事基地化など強引に海洋領域の拡大を図ってきた。そして5龍(海監、海巡、海警、海関、魚政)といわれる法執行機関に海洋主権や権益の管理に当たらせてきた。中国の海洋進出範囲の強引な拡大と関係国との複雑な関係から5龍も関税部門を除いた4龍を海警局に一本化した。

 海警局は武装警察部隊(武警)の下に組み込まれ、警察権の執行機関として再編されていた。それでも武警が国務院(公安部)隷下にある段階での行動はあくまで警察権の範囲であったが、昨年7月を期して習近平軍事改革の一環として、武警が軍統帥に当たる中央軍事委員会の隷下に入れられた。武警が解放軍と肩を並べて軍指揮下に入ったことから、海警部門は警察権による法執行機関以上の国家主権に直結する軍隊化が懸念される。

海区司令官に海軍将校

 関連して去る5月には、海警総隊北海海区指揮部(青島)司令官に、優秀なエリート海軍士官が就任していた。海警と海軍間の人事交流は有り得ようが、今回の場合、北京防衛を担う近衛海軍ともいわれる北海艦隊で、052C型など最新鋭の駆逐艦の艦長を最も若い艦長として経験したエリート海軍将校が尖閣海域に公船を派遣する北海海区司令官に着任している。

 海警局を軍の指揮下に入れ、尖閣海域を担当する北海海区指令官に優秀な艦長を就けるなどは何を意味するのか。表向き微笑外交を展開しながら主権が関わる機微な現場では着々と軍事的な威圧を加えている実態を看過することはできない。中国との付き合いは、このような現実を踏まえて足元を固める対応とともに、米中角逐の激化に対しては大局的にわが国益を踏まえて油断なく積極外交を展開することがますます重要になってくる。

(かやはら・いくお)