インド太平洋構想とスリランカ

東洋学園大学教授 櫻田 淳

米中せめぎ合いの舞台に
「自由度」の維持・向上が大事

櫻田 淳

東洋学園大学教授 櫻田 淳

 現下、米中両国の確執が浮上させた「第2次冷戦」の風景は、日米両国が展開する「自由で開かれたインド太平洋」構想と中国が主導する「一帯一路」構想のせめぎ合いにも表れる。この二つの対外政策構想が相克する舞台になっているのが、インド洋島嶼(とうしょ)諸国である。

 就中(なかんずく)、スリランカでは、ハンバントタ港の港湾や周辺用地の99年租借が中国企業に認められ、その一件はインド洋方面における中国の影響力拡張を印象付けた。加えて、そうしたハンバントタ港湾租借の顛末(てんまつ)に例示されるように、被援助国を「債務の罠(わな)」に陥らせた上で権益を獲得していくという中国の開発援助の手法は、「一帯一路」構想の背後にある中国の意図に対する警戒を巻き起こした。

脆弱なインド洋島嶼国

 国際NGO団体「フリーダム・ハウス」が発表する2019年時点の「自由度」指標に拠(よ)れば、太平洋島嶼諸国は、「部分的に自由」とされたフィジーやパプアニューギニアを除く全てが「自由」と評価されているのに対して、インド洋島嶼諸国は、「自由」とされたモーリシャスを除く全てが「部分的に自由」と評価されている。

 具体的な数値を挙げれば、100点満点中、モーリシャスが89、スリランカが56、モルディブが35、セーシェルが71、コモロが50となっている。インド洋島嶼諸国は、太平洋島嶼諸国のそれに比べれば、明らかに脆弱(ぜいじゃく)である。

 スリランカにおける「自由度」の現状との兼ね合いで懸念されるべきは、去る4月下旬、スリランカ国内イスラム過激組織NTJ(ナショナル・タウヒード・ジャマア)が引き起こしたテロの影響である。NTJのテロそれ自体は、グローバル・ジハーディズムと呼ばれるものの拡散によって世界の何処(どこ)ででも起こり得るものであるとはいえ、それによって招かれる社会軋轢(あつれき)や治安悪化は、スリランカの「自由度」に悪しき影響を及ぼすであろう。

 兎角(とかく)、経済援助と抱き合わせで自らの「権威主義的統治モデル」を輸出しようとしていると批判される中国の姿勢に対して、「壁」になるのは、それぞれの国々における「自由度」の高さである。逆に言えば、中国の開発援助姿勢は、「自由度」の低い国々にしか通用しないと断じ得る。それ故にこそ、「自由で開かれたインド太平洋」構想の展開に際しては、スリランカにおける「自由度」の維持や向上は、大事な政策目標になるであろう。

 折しも、「日本経済新聞」(5月20日配信)記事が報じたところでは、日本は、インド、スリランカ両国と共同でスリランカ・コロンボ港の開発事業に乗り出すようである。記事に拠れば、スリランカの海運貨物の9割を扱うコロンボ港は、欧州や中東、アフリカ地域とアジアを結ぶ海上物流の一大拠点であるけども、南西アジア地域の経済成長に伴って貨物取扱量が増えた結果、その処理能力は限界に達しようとしていた。

 中国のハンバントタ港租借には、コロンボ港に代替する拠点を独占しようという姿勢がうかがわれるけれども、日印両国とスリランカは、コロンボ港それ自体の拡張を通じて中国に対抗しようとした。マイトリパーラ・シリセーナ(スリランカ大統領)現政権下、前政権以来の過度の中国依存からの脱却が進められている事情に照らし合わせれば、こうした評価は誤っていまい。

日本は「他国と協働」で

 この港湾開発事業は、日本、インド、スリランカの共同で行うというのが重要である。中国の「一帯一路」構想が「中国が単独で何かをする」という色彩の濃いものであるならば、日本は「他国と協働して何かをする」という姿勢を徹底させるのが宜(よろ)しかろう。日本が打ち出した「自由で開かれたインド太平洋」構想の成否は、そこに懸かっている。

(さくらだ・じゅん)