長蛇の列となった台湾選挙
複数地方選と10公民投票
民主主義への強固な意志示す
11月24日(土曜日)に投票が行われた台湾の統一地方選挙の結果は、全国22の県市の首長のうち与党の民進党が選挙前の13県市から6県市へと激減し、野党の国民党は6県市から15県市へと倍増以上の結果となった。まさに翌日の地元紙、聯合報が「民進党大崩盤」と伝えた通りである。
いわゆる「台湾独立」を党是とする与党・民進党の衰勢を見て、中華人民共和国の台湾事務弁公室・馬暁光報道官が25日、「広範な台湾の民衆が両岸(中台)関係の平和的発展がもたらす利益を望んでいることの表れだ」と喜々とした声明を発表した。台湾併合に向けて中国が、一層の圧力を加えるという見方もある。しかし、今回の選挙に際して台湾の人びとが示したのは、政府与党への批判ばかりではなく、選挙のために貴重な一票を投じようとする信じ難いほど強固な意志であった。
今回の選挙では、「九合一選挙」と称されたように、台湾の六大都市である中央直轄市その他の県市の県長・市長および議員選挙ばかりではなく、各種の公職について一斉に投票が行われたが、これに加えて10種類の「公民投票」も同時に実施された。「公民投票」とは、通常の国の国民投票に相当する。このため、有権者は少なくとも地方選挙に3票を、そして公民投票に10票を投じることになった。多い人では5票の選挙票と10種の公民投票で、一人で15票を投じなければならなかった。
各投票所では、入り口で身分証などによる本人確認が行われ、まず地方選挙の投票用紙を受け取って、これに記載してそれぞれの投票箱に別々に票を投じる。その後、10種の公民投票用紙をまとめて渡され、記載台でそれぞれに記載してから、三つの投票箱に3枚、3枚、4枚に分けて10種の公民投票用紙を正しく指定の箱に投票しなければならない。有権者各人は、初めての経験に戸惑いながら慎重に振り分けるため、どうしても時間がかかる。
投票所は、日本と同様に主として小学校、中学校などに設けられるが、日本で体育館の広いスペースを使って投票所内に列を作るのとは異なり、台湾では普通の教室が投票室として用いられ、一つの学校の幾つもの教室が投票所になる。各教室は狭いので同時に投票室に入れる有権者は数人だけで、投票を終えて出て行った人の数だけ次の投票者が入るという具合だ。投票待ちの人は廊下に並ぶので、今回のように1人の投票に時間がかかると行列は長くなり、校舎の外まで連なる所もあった。
蔡英文総統の場合でも、自宅近くの投票所に朝8時30分頃に出向いてから投票を終えるまで30分ほどかかる状況が、テレビの生中継で紹介されていた。
やがて、投票所を訪れた有権者が行列の長さに辟易(へきえき)して、投票を諦める事態となった。筆者の知り合いは、朝食後に投票所に出向いたが、行列が長いので諦めて帰宅し、昼食後にもう一度出掛けた。ところが、行列はさらに長くなっていたので、覚悟して列の後ろについたという。結局、その人は2時間行列して、ようやく13票を投じることができた。
これでは投票終了予定時刻の4時までに、投票者の行列が解消するはずがない。中央選挙委員会は、当日の昼頃になって、4時までに投票所に到着した有権者は終了時間を過ぎても投票できる(下午4時前已到達投票所之選挙人及投票権人仍可投票)というお触れを出した。
実際、台北市で最後の投票者が票を投じ終わったのは午後7時46分であった。つまり、この人は少なくとも投票に3時間46分かかった計算になる。
投票のために1時間待ち、2時間待ちという話はSNSを通じて飛び交い、巷(ちまた)に溢(あふ)れた。
ディズニーランドの人気のアトラクションへの行列や、評判のラーメンとかスイーツを食べるための行列ではない、ただ統一地方選挙と公民投票のためだけの行列が台湾の全国各地に現出したのである。最後においしい物を食べられるわけでもなく、わくわくする乗り物に乗れるわけでもない。それでも台湾の人びとはじっと行列を作った。
当日の天候が良かったことは幸いだった。また誰もがスマホを持っている現代、列に並びながらも情報を交換したり、動画を楽しんだり、ゲームに興じることもできただろう。その意味では、この行列を可能にした一因はスマホの普及であるかもしれない。
それにしても、台湾の人びとは、自分たちの市長を選び、議員を送り出し、公民投票で意思表示をするためだけに、これだけの時間と手間をかけたのである。投票率は、全土で65・5%に達した。日本では、特に長い行列もなかった昨年の衆議院総選挙の投票率が54・7%である。しかも、日本の有権者の20・1%は期日前投票をしたのだが、台湾にはこの制度がない。だから、前日夜までにわざわざ住民票所在地に帰省して投票したビジネスマン、学生も少なくない。そこまでして民主主義を大切にし、投票権を尊重する台湾の人びとに敬意を表したい。
台湾の人びとは与党支持でも野党支持でも、今回の統一地方選挙における熱意ある投票行動を通して、共産党独裁の中国への併合など決して望んでいないことを示したのである。
(あさの・かずお)