中国の圧迫に苦悩する台湾
日常に根付く「全民国防」
民間企業が軍事的訓練を指導
台湾の地方選挙では民進党の大敗が伝えられているが、先立つ11月8日、淡江大学で開催された国際シンポジウムに参加してきた。この国際シンポは日本安全保障・危機管理学会(JSSC)と淡江大学の研究交流を目的として着手された意見交換会で、渡辺利夫拓殖大学総長(当時)がJSSC会長時代に着手され、第3回を迎えて盛大に挙行された。
今回の主テーマは「東アジアの安全保障」で、東アジア地域の平和と安定を脅かすものは何か、などが活発に討論され、有意義な意見交換の場となった。トランプ米大統領は当選直後から蔡英文台湾総統との首脳電話会談で、米台間の緊密な経済、政治、安保上の連携を確認していた。そして「中国は一つ」の原則にも疑念を呈し、旅行法を制定するなど、これまで見られなかった大きな一石を中台関係に投じていた。
このようなトランプ大統領の台湾への肩入れは、逆に中国の反発や焦燥を招き、台湾に対する海空軍による威嚇が強められるという負の反応もある。現に中国は台湾と国交のある国に攻勢をかけ、台湾と断交させると同時に中国との国交を結ぶという締め付けも進めてきた。近年の習近平政権による台湾威嚇の反復で台湾は苦境に立たされていた。
今次の淡江大学との意見交換は、このような背景の下に進められた。台湾側からは同大学日本研究所長の蔡錫勲教授から、今日の日米中関係を三国志に例えた新時代として、米日両国に対する期待が報告された。また同大学の若手・徐宏勢准教授などからは、日米同盟下のインド太平洋戦略への安倍政権の外交への期待が示された。
JSSCからは、筆者も含めて4人が報告をし、筆者からは東アジアの安全保障環境の日本側の見方を紹介したが、日本は台湾の苦境に対して何ができるか、について1972年の日中国交正常化に当たって「中国は一つ」との中国の主張への理解を表明した以上、政治外交的に台湾支援には残念ながら限界がある実情を釈明し、経済・文化など幅広い分野での協力、例えば東シナ海での漁業協定の成立など実利面で関係緊密化を提唱してきた。さらに自衛官OBの知見などの非公式な人的交流などトラックⅡの世界で、台湾をバックアップする方策追求の可能性など示唆してきた。その他、南シナ海での中国の行動分析(鈴木浩氏)、米中貿易戦争の実態分析(河原昌一郎教授)、情報セキュリティーの問題(中村宇利理事)などが報告され、注目された。
今次研究交流では、淡江大学で学位取得した岩本由起子博士の人脈と企画で「全民国防」の実態なども研修できた。「全民国防」とは台湾の全国民参加の国防の基本方針で、台湾の平和・安定のために軍隊だけでなく全民が参画する防衛システムが日常的に機能していた。参観した幾つかの実情の一つに桃園市郊外の「桃園小藍波軍事博物館」と名乗る軍事会社の見学がある。建物の中には各国の軍服や装備などが展示され、実物大の個人装備や小火器のモデルガンが所狭しと展示されていた。会社組織とされ、退役軍人によって運営され、イベントとして有料で参加者を募り、軍事的訓練を指導している。実際に9月に実施された訓練には、300人の応募があり、軍装を整え、モデルガンや重い背嚢(はいのう)を背負って行軍し、2泊3日の組織的な訓練をした由であった。
ちなみに訓練の想定は台湾内に潜入したゲリラ・コマンドを掃討する行動で、まず野営を伴う行軍、接敵・偵察行動の上、包囲して攻撃する一連の行動がビデオ記録で示された。まるでわが国における予備自衛官の年次訓練を彷彿(ほうふつ)とさせる軍事訓練が、軍人OBによってリードされていた。
また郊外のエアガンによる射撃訓練場の「全民国防」参観もあった。「全民国防」の看板を掲げた野趣豊かな食堂があり、付設された小さな射撃場ではモデルガンの射撃ができるようになっていた。実際、圧縮空気が詰まった弾倉を装着すると20発ばかりのプラスチック球弾が撃てる銃で、出没する標的を全部倒す時間が競われる、娯楽性のゲームのような射的場であった。どこまで軍事訓練になるのか疑念は残るが、お客も違和感なく受け入れており台湾の日常の中に「全民国防」が根付いていた。
このような「全民国防」の雰囲気は追い詰められた台湾ならではの面もあるが、「中国は一つ」との92共識を頑(かたく)なに拒絶する蔡英文総統の姿勢に共鳴する台湾人の心理のなせる現象でもあろう。
翻ってわが国でも少子高齢化が進む環境にあって国家の安泰のためには「全民国防」の考え方を導入する必要があるのではないか。同時に多様な自然災害に襲われる日本の実情から、実行動はまず災害対処を重視して、「自助、共助、公助」の組み合わせによる「全民防災」から着手することが考えられる。実際、「公助」以外は日常的な防災訓練の場と機会は少なく、「自助、共助」の面で平素から何をしたらよいか、その実践訓練の場を提供する必要性は高い。災害多発国にふさわしく、「武力侵攻への全民国防」を「災害来襲への全民防災」に置き換えた実践、実働につながる日常的「自助、共助」訓練の場作りの必要性を、台湾の「全民国防」の実態を見て考えさせられたものである。
(かやはら・いくお)