台湾の戦略的価値の再考を

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

強化すべき南西諸島防衛
日米同盟強め極東の平和守れ

 双十節(辛亥革命で清朝を倒した記念日)の行事で蔡英文台湾総統は、中国の圧力に対して決して譲歩はしないと強調するとともに「責任ある大国」の役割を中国に呼び掛けていた。

 その背景には、2016年12月の空母・遼寧を中核とする空母機動艦隊による台湾周辺海域での訓練から、本年4月の海南島沖の南シナ海での48隻の水上艦艇などが参加する大規模な海上観閲式の展開や訓練などまでの軍事的圧迫が続いたことがある。また西太平洋を含む中国海・空軍による軍事的な威圧行動が繰り返されるほかに、外交的な圧力もかけられていた。中国は台湾と国交のある国に攻勢をかけ、台湾と断交させると同時に中国との国交を結ぶ締め付けを進めてきた。最近の例でもサントメ・プリンシペ、パナマ、ドミニカ共和国、ブルキナファソなどに続いてエルサルバドルを切り崩しており、台湾を承認する国家は残すところ17カ国となった。このような近年の習近平政権による台湾威嚇の反復で台湾は苦境に立たされている。

 見てきたような中国の台湾に対する強硬姿勢を促した要因は、中国側の事情とトランプ米大統領の台湾接近戦略があり、その相乗効果の結果でもある。

 まず中国側には、好ましい国民党の馬英九前総統が選挙で敗れ、代わって「現状維持」を掲げる民進党の蔡英文総統が選出されたことへの不信感がある。そこで蔡総統に対して「92コンセンサス(九二共識)」を踏み絵とする圧力が繰り返されてきた。そこには習近平主席の焦りがあり、一強体制を完成し、個人名を毛沢東・鄧小平と並んで党規約などに盛り込ませたものの、それを裏付ける実績がない弱みのために、これまで歴代指導者ができなかった台湾統一という野望実現への誘惑に駆られている可能性がある。

 他方、トランプ大統領は「米国第一」と「力による平和」を唱えながら台湾への関与を強め、逆に中国に対しては厳しい姿勢で臨んでいる。実際、トランプ大統領は、当選直後から蔡総統との電話会談で、米台間の緊密な経済、政治、安保上の連携を確認した。これは米国が中国と国交樹立し、台湾と断交後40年ぶりのトップ指導者による勇気ある米台政治的対話であった。

 さらに大統領就任後は対中戦略上の争点として貿易、南シナ海、台湾を挙げていた。そして現に続行中の貿易戦争は激化の一途にあり、その結末は予測し難い。また南シナ海で継続される自由航行作戦では米中艦艇の異常接近などの危機事態も多発している。その次の課題として台湾問題が浮上するが、そこにはトランプ大統領の台湾の地政学的な価値への思い入れがあるのではないか。まず台湾は東シナ海と南シナ海の結節点にあって、中国が東シナ海から宮古島を通過し、また、南シナ海からバシー海峡を通って西太平洋に出るのを監視することができる戦略的要衝である。台湾がこれまで中国の外洋への進出の障壁の役割を果たしてきただけでなく中国軍事力を引き付け、牽制(けんせい)・相殺してきた価値は大きい。また、台湾が中国の手に落ちる事態では太平洋正面への作戦基盤となり、不沈空母となって西太平洋での米海軍の行動を著しく制約することになろう。

 このため米国は、以前から台湾関係法を制定して、台湾防衛にコミットしてきた。また今年になって台湾旅行法を制定して、米台高官の相互訪問を可能とし、中国を慌てさせるとともに刺激してきた。実際、習主席からすれば、貿易戦争では妥協できても台湾問題は「核心的利益」であり、自らの求心力につながる厄介な問題で後に引けない難題である。

 このような中でアジアの安定につながる台湾の「現状維持」にわが国は何ができるか? わが国は1972年の中国との国交正常化に伴い、「中国は一つ」の認識に理解を示して台湾と断交するなど、政治外交的には台湾との関係に多くの制約を抱えている。同時にわが国は、中国と東シナ海で尖閣諸島問題など中国の海洋進出への対応に迫られている。わが国は生命線とも言うべき重要なシーレーンを制する台湾の地政学的重要性に鑑み、中台関係の安定と南シナ海を経るバシー海峡の航行の自由は極めて重要な国益でもありながら、台湾の安全に関わる直接的な防衛行動には政治的な制約を受けている。それでも台湾の戦略的価値はわが国益につながっており、台湾の安全保障への関わりは日米同盟関係に関わる働きの中で果たすことができるのではないか。すなわち、極東地域の安定を守る努力の中で台湾支援を考えることが必要でかつ重要になろう。

 台湾は第1列島線を形成する重要な要衝であり、東アジアの安全保障環境は連動するだけでなく、わが南西諸島と連携して相互に安全を高め合っている。そして日台共に中国の太平洋への東進を制約する第1列島線の重要なチェーンで連動しており、わが国が南西諸島の防衛態勢の強化を進めることが台湾の安全につながっている。

 その観点からも日米同盟の堅確な維持がますます重要になってくる。知事選後の沖縄への対応や対米中外交でも、台湾の苦衷に思いを致しながら、アジアの平和と安定という大局観に立って忍耐強く真摯(しんし)に取り組むことが重要になっている。

(かやはら・いくお)