ピレウス港の海軍基地化
借金漬けから長期租借狙う
中国はスエズ運河からギリシャのピレウス港に至る航路を「アジアと欧州を結ぶ最短航路」(李克強首相)として重視している。
EU(欧州連合)は中国にとって最大の貿易相手国であり、欧州向け貨物の8割は海上輸送に頼っている。ピレウス港はその海上物流の橋頭堡(きょうとうほ)というわけだ。
無論、物流だけでなく軍事的意味も担保されている。
拓殖大学海外事情研究所の渋谷司教授は「『一帯一路』の真の目的は、中国軍人が図らずも吐露したように、海洋覇権を握ることだ」とズバリ指摘する。中国の表看板は「平和的共益共存の互恵関係を柱とする」とのことだが、本音は軍事的拠点と影響力拡大にある。
アルフレッド・マハンは後発国が覇権を握るには、産業力を基盤とした経済力だけでは駄目で、輸送力となる船舶、その船舶が動く海洋の安全を担保できる艦船、バックグラウンドとなる造船能力やドック・港湾といった基礎インフラを含めた「海上権力」を持つことが肝要だと説いた。
そのマハンの「海上権力史論」をバイブルにしているのが中国海軍だ。
大連や青島、上海などの船舶建造能力を向上させた中国の造船業は、今や世界一だ。かつて日本のお家芸と呼ばれた造船業は韓国にシェアを奪われ、今はその韓国が中国にシェアを奪われている。ここでは輸送力としてのタンカーや船舶だけでなく、保安船舶である海艦や海軍力を担う艦船も建造する。そして一帯一路で力を入れているのが、海上交通の要衝を確保する基地構築だ。
渋谷氏は「習政権は地政学的に重要な国々に過剰融資や借款を与え、返済できなくなると、長期租借権を獲得した上で軍事基地化するという手法を取っている。これが一帯一路の実態だ」と強調する。借金返済に苦しんだスリランカは、中国に99年間のハンバントタ港租借権を認めた。
ギリシャでもチプラス政権は2年前、ピレウス港への中国軍艦寄港を認め、チプラス首相自ら艦上式典に臨んでいる。
中国とすれば、中東や北アフリカなどへの海軍の活動範囲を広げることを念頭に、軍事拠点を確保する狙いがある。
ピレウス港を見下ろす丘にある古い家屋には、出窓がある家が少なくない。出窓には、寄港する船をいち早く確認したいという、夫の帰りを待つ妻の祈りがあった。
その出窓から眺められるのは、水平線から顔を出そうとしている「中国の野望」だ。
ピレウス・コンテナ港の近くにはギリシャ海軍基地がある。1ユーロのフェリー代を払って、基地見学に出掛けた。そこにあるのは、古ぼけたギリシャ艦船だけで中国の艦船を認めることはできない。
だが、ソマリア沖の海賊対策としてジブチに進出したはずの中国人民解放軍が、1万人を超える軍事基地をあっという間に造り上げたように、いつの日か、ピレウス港が中国海軍基地にならないとも限らない。
古代ギリシャの将軍テミストクレスは「諸君、アテネの未来は海上にある。また不幸も海上より襲来する」との言葉を残している。
(池永達夫)






