中国主導「16プラス1」、EU「分断支配の道具」警戒
中国が狙っているのは港湾だけではない。
中国国営企業の国家電網は一昨年末、ギリシャの国営電力会社が保有する送電線管理企業の24%の株式を3億2000万ユーロ(約380億円)で買収した。
さらに、中国の視線は「ギリシャの周囲」にも送られ、港湾大手の招商局国際がトルコ3位の港湾施設会社を買収済みだ。
中国の李克強首相は7月初旬、総勢700人以上の実業家を引き連れ、ブルガリアを訪問した。ハイライトは首都ソフィアでの中国・中東欧諸国首脳会議(16プラス1)。バルト3カ国から旧ユーゴスラビア諸国まで、中東欧16カ国の首脳がずらりと顔をそろえた。
この会議で李首相は、ギリシャのテッサロニキからブルガリアの黒海沿いのバルナ、ブルガスを鉄道で結ぶ構想について「財源確保のため国際コンソーシアムをつくろう」と提案した。ギリシャとブルガリアの2国間で合意済みのエーゲ海と黒海を結ぶ鉄道建設に、「中国が後見役になる」と買って出たのだ。
バルカン諸国や中東欧諸国の多くが旧共産圏で、モスクワと各都市を結ぶ道路はしっかり整備されているものの、各都市間の交通網整備は欧州で最も遅れている地域だ。こうした港湾や電力網、鉄道といったバルカン半島の基礎インフラ整備に乗り出した中国に対しEU(欧州連合)では、過度の影響力拡大を警戒する声が上がり始めている。
EUは昨年、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏の死去に伴い、中国の人権弾圧を批判する声明を出そうとしたものの、ギリシャとセルビアの反対で挫折を余儀なくされた。まともながん治療を当局から拒否された「良心の囚人」劉暁波氏は、事実上の獄死を強いられた格好だが、中国政府への人権侵害告発を、ギリシャとセルビアは政治力で止めたのだ。
2年前、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が、「九段線」による中国の南シナ海領有には根拠がないと判決を下した際、中国政府は「ただの紙屑(かみくず)」と非難。欧州委員会は中国政府を名指しで批判する提案を行ったが、EU理事会でギリシャとハンガリーが反対、内容は骨抜きにされ中国名指し批判は行われなかった。
こうした経緯もあって、EUは中国主導の「16プラス1」を「分断支配の道具」だとして、警戒を募らせている。
民族・宗教が交じり合い、「欧州の火薬庫」と呼ばれたバルカン半島。第1次世界大戦は、サラエボ(当時オーストリア領、現ボスニア・ヘルツェゴビナ首都)を視察中のオーストリア皇太子がボスニア出身の青年によって暗殺された事件がきっかけとなった。
その暗殺があったサラエボのラティンスキ橋を訪れた。小さな橋の欄干には、ロックされた多数の鍵が折り重なっている。カップルたちが「愛の永遠」を鍵に託した祈りがそこにはある。このラティンスキ橋の「愛の絡み」のように、EUだけでなくロシアや中国など大国の思惑が潜んでいるのが現代のバルカンである。
(池永達夫)