2019年の中国10大ニュース
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
習主席称え国内引き締め
経済苦境の言い訳を並べる
2019年は中国にとって内憂外患の多難な年であった。内憂外患の多くは米国との間で始まった貿易摩擦が影響している。外患は米国から貿易赤字解消の攻勢が、次世代通信技術に関わる先端科学技術の覇権争いから台湾問題を含めた安全保障問題にまで発展し、さらに中国は為替操作国にも指定され制裁を受けるなど国際金融面にまで拡大した。内憂も多くは米中角逐の余波があり、関税引き上げによる国内経済の停滞が国内総生産(GDP)成長率の鈍化につながり、習近平国家主席の求心力の低下を招いている。
何より世界が注目した香港問題は、犯人を中国内に引き渡す法案をめぐる香港市民の反発が民主化運動に発展し、民主化要求の闘争は100万人を超えるデモの反復となって長期化している。
都合悪いニュース無視
周知のように米中角逐が激化する中でペンス米副大統領の2回目の対中警告は、香港の民主化支援や大規模なウイグル族拘束・人権問題まで取り上げ、米議会も香港問題では強硬姿勢を示してきた。貿易面では暮れに中国の米農産品の大規模輸入で第1段階の妥協は成立したものの、台湾の総統選挙では香港で見られた「一国二制度」への不信感が追い風となり民進党・蔡英文総統の再選につながり、国家統合が遠のくなど中国は新たな難問を抱えるに至っている。
中国はこのような昨年の内憂外患をどう認識したのか、今後の中国の動向予測に資する習政権の認識を昨年末に発表された中国の国内外の「2019年10大ニュース」から探ってみたい。まず中国の10大ニュースはわが国のように重要度を読者からの投票で決める民意の反映ではなく、政府の意向を反映する国営通信社・新華社が選定したもので、その順序は国内外ニュースとも発生の時程順に掲げられている。
ちなみに新華社発表の「国内10大ニュース」は①外国投資法で経済の対外開放が進展②「一帯一路」国際サミットの開催③全党で国民士気高揚運動を展開④国土開発策の充実⑤北京大興国際空港開港⑥建国70周年の記念行事⑦共産党第4回中央委員会総会の開催⑧中国経済は逆風下にあっても前進⑨中米間の第1段貿易協議で合意⑩外部勢力の香港・マカオ問題への介入反対の表明―と要約できる。この中で重要度は注釈の字数や取り上げ方から⑦⑨が重大な出来事と見ているようである。
他方で「国際(世界)10大ニュース」は①中南米が統治難題で動揺②国際協力で初のブラックホール撮影③イランとシリアの情勢の激化④首脳外交の積極展開⑤アフリカで自由貿易圏が発展⑥世界の経済成長がここ10年で最低⑦英国の欧州連合(EU)離脱の遅れ⑧東アジア地域包括的経済連携(RCEP)で多国間主義の潮流推進⑨中米間で第1段階の経済貿易合意⑩米大統領弾劾で民主・共和党の激突―が挙げられている。
この中で同じく昨年は習主席が7回も外遊し「首脳外交で大国関係を調整し、発展途上国の団結を図り、グローバルガバナンスの整備に多大な功績を果たした」と注釈があるように④を最重視。また⑧では「習主席がバンコクに赴き東アジア自由貿易圏づくりに突破口を開いた」としているように上位のニュースになっている。
これら10大ニュースを見て受ける印象は、言い訳がましさと都合の悪いニュースの回避(無視)、それに習主席の持ち上げの一方で国内の引き締めが目立つ選択であり、違和感を覚える。現に中国が直面している経済苦境を国内ニュースでは①④⑧と言い訳し、⑤⑨などで習政権の功績をプレイアップしている。同じく国際ニュースでも⑤⑥と言い訳し、⑧⑨と習主席を称(たた)えている。
国内外の情勢正視せず
安全保障に関わる問題でも香港で反復される大規模な民主化要求のデモ騒動はわが国や世界の注目事にもかかわらず国内ニュースで⑩のような問題にすり替えている。香港問題は、中国が核心的利益とする台湾統一に直結する「一国二制度」の試金石でもありながら、その観点からの取り上げを回避。逆に対抗する米国についてはその弱点につながる国際ニュース①③⑩が取り上げられている。また米国との関税応酬の問題も国内外の各⑨と都合よく解釈している。
見てきたように中国では「10大ニュース」の選定に当たってもなお共産党政権の護持やトップに対する過度の忖度(そんたく)が底流にあり、その実態が国内③⑥に滲(にじ)み出ている。中国が大国を主張する以上、国内外の情勢を正面から正視する度量が求められるがなお遠い先のことか、の印象が残る10大ニュースであった。
(かやはら・いくお)






