アルゼンチン左派政権、経済・外交で多難な船出

 昨年10月に南米アルゼンチンで大統領選挙が行われ、4年ぶりに左派政権が誕生した。新政権は経済相に国際通貨基金(IMF)批判派を起用するなど、急進派クリスティナ・フェルナンデス副大統領の意向が強く反映された形となっている。今後のIMFとの交渉や経済・外交など懸念材料も多い。(サンパウロ・綾村悟)

「ばらまき政治」破綻も
IMFと債務返済交渉へ

 アルゼンチン大統領選挙は、中道右派マウリシオ・マクリ前大統領と、左派アルベルト・フェルナンデス元首相による事実上の一騎打ちだった。

アルベルト・フェルナンデス元首相

2019年12月10日、ブエノスアイレスで開かれたアルゼンチン大統領就任式で演説するアルベルト・フェルナンデス元首相(AFP時事)

 実業家出身で自由貿易派のマクリ氏は、膨大な財政赤字の立て直しを図りつつ、同じ自由貿易派として知られるブラジルのボルソナロ大統領と歩調を合わせ、南米南部共同市場(メルコスル)と欧州連合(EU)の自由貿易協定(FTA)締結を進めていた。

 しかし、昨年4月に発生した新興国通貨危機は通貨ペソの暴落とインフレ増大という大きなダメージをもたらした。また、2018年には、IMFから総額563億㌦(約6兆1500億円)もの巨額融資を受けたが、それに伴う財政引き締めは社会保障費の削減につながり、貧困率の悪化(35%)もあって有権者離れが進んだ。

 その中で、大きく支持を伸ばしたのが、年金と社会保障費の増額を有権者に訴えた左派のアルベルト・フェルナンデス氏だ。同氏は、当選すれば、IMFと融資返済の再交渉を行うと明言していた。

クリスティナ・フェルナンデス副大統領

クリスティナ・フェルナンデス副大統領(UPI)

 結局、4年ぶりの左派政権復活となり、副大統領候補として出馬したクリスティナ・フェルナンデス元大統領にとっては、実質的には再登板といっていい結果だ。

 07年から15年までの8年間、大統領職にあった反米左派のクリスティナ氏は、大衆迎合的なばらまき政治を実施した。だが、国内には反クリスティナ派も多いことから、今回は副大統領候補として収まった。

 昨年12月に発足したフェルナンデス政権は、急進派のクリスティナ氏が政権の手綱を握る形で、次々に独自色を打ち出している。

 経済相には、IMFに批判的なマルティン・グスマン氏が起用された。グスマン氏は「当面はIMFに対する融資返済を行わず、経済成長が実現した後に返済を開始すべきだ」と主張している。グスマン氏は、米コロンビア大の出身で、IMFに批判的なことで知られるノーベル経済学者のジョセフ・スティグリッツ教授の愛(まな)弟子だ。

 フェルナンデス大統領は今月7日、IMFに返済繰り延べを求めると発表した。IMFと最大出資国の米国としては見逃せない発言だが、南米ではチリで格差拡大に伴う激しいデモが起きたばかりでもあり、強硬な交渉はできない状況にあることも事実だ。

 ただ、IMFが返済繰り延べに応じたとしても、アルゼンチンの経済状況は楽観できるものではない。国債なども含めた債務総額は1000億㌦(約11兆円)に達しようとしており、ばらまき型政治は破綻の可能性を大きく含んでいる。

 クリスティナ氏も、決して有権者の支持が強いわけではない。同氏は、過去に公共工事をめぐる汚職疑惑で訴追されたことがあり、過半数を超える有権者が同氏に良い印象を抱いていないとの世論調査結果もある。

 一方で、新政権は、選挙不正疑惑で昨年12月にメキシコに亡命したボリビアの反米左派モラレス前大統領の再亡命を受け入れている。モラレス氏の過激な言動は、今年5月に大統領選挙が実施されるボリビアの政局や社会情勢に混乱をもたらしており、南米諸国内で確執を起こす要因となっている。

 米国は今月中旬、これまでアルゼンチンを最優先としていた経済協力開発機構(OECD)への加盟支持を撤回し、代わりにブラジルを推薦する方針を明らかにした。OECD加盟は国際金融界からの支持を得やすくなるだけに、今回の決定はアルゼンチン経済にとってマイナス要素だ。

 これに対し、アルゼンチンと並ぶ南米の大国ブラジルは、親米保守のボルソナロ大統領が批判を浴びながらも長年の懸案で不可能とも言われた年金改革法案を成立させ、財政と経済の立て直しに成功しつつある。