「世界の交流拠点都市」へ邁進 金沢市
金沢市長 山野之義氏
北陸新幹線開業で内外の観光客が増加するなど活況を呈する石川県金沢市。「世界の交流拠点都市」を掲げユニークな街づくりを進める山野之義市長に話を聞いた。
(編集局長・藤橋進、金沢支局・日下一彦)
伝統に新たな挑戦加え
「こども未来部」で施策一元化
「世界の交流拠点都市金沢」を打ち出しているが、国際交流に熱心な自治体が多い中で、「拠点」をアピールする理由は。

やまの・ゆきよし 1962年金沢市生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。ソフトバンク(株)を経て、金沢市議会議員を4期務め、2010年12月、金沢市長に就任。14年8月辞職し、10月出直し選挙で再選。家族は妻、一男一女。
北陸新幹線の開通で東京、名古屋、大阪のいずれの三大都市圏とも2時間半でつながるようになった。これは金沢だけの立地的な特性だ。併せて金沢港の整備も大幅に進み、クルーズ船や貨物船も増えてきた。小松空港も上海、台湾・韓国・香港など主にアジアの国際線がつながるようになった。金沢を拠点に国内はもとより海外にも移動できるようになった。
もう一つ、金沢という町は戦災に遭わず、また町並みが壊れるような自然災害に襲われたことがない。そのため、今でも古い町並みが残っており、その町並みに根付いた伝統芸能、伝統文化、伝統工芸が息づいている。かつて文部大臣を務めた永井道雄の父である柳太郎が「金沢は一周遅れのトップランナー」と言った。戦災を蒙(こうむ)らなかった金沢は工業化などの流れに乗ることができず、古いものをそのまま残していこうとした。永井が語ったのは、高度成長では一周遅れかもしれないが、いつか本物として評価される時代がくるということで、まさに今その時が来ている。
しかも先輩方は伝統芸能などを後生大事に守るだけでなく、常に新しいことに挑戦してきた。代表的なのは金沢21世紀美術館。伝統文化・伝統工芸の町に現代アートの美術館とはいかがなものかという声もあったが、山出保・前市長が信念を持って取り組んだ。金沢の文化に新たな魅力を付け加えたこの美術館は、世界的にも評価をいただいている。
日本海側にある金沢は東アジアとのつながりも強い。先日、金沢駅前で、中国ハルビンの楽団と韓国プサンの少年少女合唱団のパフォーマンスを観(み)た。難しい関係にある韓国とも、交流が続いているのを心強く思った。
文化庁の昨年の東アジア文化都市事業に金沢市が選ばれ、韓国からはプサン、中国からはハルビンが選ばれ、去年一年間いろんなことをやってきた。今年になって文化庁からの予算はなくなったが、せっかくの縁を一年で終わらせるのはもったいないと考え、去年のような派手なことはできないが、年に1~2回でも三都市の交流は大切にしていこうと、今年も継続してやっている。
北陸新幹線の開業で「金沢の一人勝ち」という声も聞かれるが、新幹線効果をさらに活(い)かすための施策は?
新幹線効果を否定はしないが、あくまで新幹線と言うツールを手にすることで、本物の金沢の魅力が発信できたということだ。新幹線効果を持続させることを第一に考えたら、本物の金沢ではなくなる。お越しになっていただければ、最大限に歓待する。けれど観光客を呼び込むために一義的に何かしようとは考えない。
観光以外で新幹線を活かすことは?
2015年3月14日に新幹線が開通した。その直前に楽天が金沢支社を開き、そのパーティーに私も呼ばれたが、三木谷社長があいさつで「金沢の拠点性が高まった。さらに金沢に支店が増えていく」と言っていた。私はリップサービスと思って聞いていたが、現実に4年ちょっとで支店・支社が70いくつも増えた。
われわれも金沢に支店などを出している支店長さんらと定期的に意見交換会の場を持っている。逆に金沢もしくは石川に本社があって、東京に支社・支店のある会社がいくつもある。これも年に数回集まって意見交換会を行っている。これからも情報交換を密にして、工業団地なども整備したい。
金沢の産業というと伝統工芸関係のものが、まず浮かぶが、新しい産業は?
金沢は工業大学や理科系大学など、いわゆる高等教育機関が、東京や大阪などの大都市を別とした地方都市の中では、最も多い都市の一つ。優秀な若い人材を輩出する素地があり、それもあってIT系の企業が結構強い。
金沢市は45万人からなかなか増えないが。
少子化・高齢化という大きなトレンドは金沢市といえども避けられない。そういう中、子供の施策に徹底的に力を入れていきたい。今年度から子供の施策を一元化していく「こども未来部」をつくった。厳しい環境の子供たちをしっかりフォローできる施策など、手厚く取り組んでいきたい。
金沢は魅力ある町だが、移住希望者の受け入れ策は?
町中で住まいを構える時の補助金も充実している。それはこれからもやっていく。また、首都圏の大学で石川県学生県人会というものを作っていて、11月には金沢市側がUターンした20~30代くらいの人を講師として派遣し、学生から質問を受けたり交流する場を設ける。大学に入った時から学生たちとつながりを持つことによって、彼らが就職という時に金沢や石川県を振り向いてもらえるよう、やっていこうと考えている。