中国の一帯一路を封じ込めよ

東洋大学名誉教授 西川 佳秀

開発協力で日米が連携を
途上国支援の制度づくり急げ

西川 佳秀

東洋大学名誉教授 西川 佳秀

 抑圧と全体主義の体制を敷く中露の大陸勢力と、自由と民主主義を基調とする日米豪など海洋勢力との対立・競争が激しさを増している。そのため「中華民族の偉大な復興」を掲げ、世界の覇権を握ろうとする中国・習近平政権の野心を挫き、その膨張を阻み、開かれた世界と平和的な国際秩序を維持することが、民主海洋諸国における今世紀最大の課題といえる。

経済力用い影響力拡大

 南シナ海の島嶼(とうしょ)強奪や台湾への武力侵攻能力を誇示するなど、東アジアでは中国の軍事的脅威が顕在化している。ただ地球規模で捉えれば、増強著しいとはいえ中国の軍事力は未(いま)だアメリカを凌駕(りょうが)するには至っていない。それゆえ中国は、自国の周辺では軍事的な恫喝(どうかつ)や示威行動を強めているが、ユーラシア全域やアフリカ、中南米など遠域での影響力拡大には専ら経済力を用いている。「一帯一路」構想を軸とした開発援助政策はその代表である。

 中国の途上国に対する援助政策は、相手国の政体や民主主義の成熟度などは一切問わず、また返済能力も無視して莫大(ばくだい)な資金を提供し、相手国を自らの友好国に取り込んでいく。コロナ禍後はワクチンの提供も目立つ。親中の国を増やし、数がものをいう国連など国際機関で有利な立場を確保し、自らの発言力を高めるのが目的だ。

 また多数の中国人労働者を送り込んで現地の雇用機会を奪い、資源やマーケットなど経済支配も強める。さらに多額の債務の返済が滞れば直ちに港湾施設などを取り上げ、中国軍の海外拠点と成すのである。中国が地球規模で進めているこうした露骨な影響力の行使を阻むには、軍事的な対抗措置だけでなく、膨張の具に利用されている不当で歪(いびつ)なその援助政策を封じ込める必要がある。

 そこでアメリカのバイデン大統領は本年3月、英国ジョンソン首相との電話会談で、中国の一帯一路に対抗し、民主諸国の連携による開発援助の新たな枠組みづくりを提案した。6月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)では、透明性が高く、環境に配慮した途上国向けのインフラ支援の枠組み創設を首脳宣言に明記させた。健康・医療やデジタル技術など4分野を軸に数千億㌦規模のインフラ投資計画が想定されている。

 しかるに、バイデン提案に対する日本政府の反応は鈍い。菅総理は、G7サミットで台湾問題を首脳宣言に盛り込むためバイデン大統領と連携したが、一帯一路に対抗する途上国支援の制度づくりについては積極的な発言がない。それでいいものだろうか。

 日本は政府開発援助(ODA)で70年近い豊富な経験と実績を持ち、アジア開発銀行(ADB)の運営で培ったノウハウもある。近年では気象・航海・衛生など種々の分野で自衛隊が技術支援を行う能力構築支援事業も途上国から高い評価を得ている。憲法上の制約から軍事面の貢献に限界が伴うこともあり、日本はその得意技である開発協力政策をフルに活用し、中国の経済的侵略と膨張を食い止めるための枠組みづくりに関与し、主導権を発揮すべきではなかろうか。

 冷戦末期、我が国は国連安保常任理事国入りを目指し、支持獲得のためアフリカなど途上国への開発援助を強化した。しかし、残念ながら常任理事国入りの夢は挫折、その後財政難も加わり援助額は減少に転じた。また中国が途上国に対して日本を凌(しの)ぐ多額の経済援助に乗り出したため、開発協力事業で日本の影は薄れつつある。さらに一般市民を巻き込む無秩序な暴力行使が多発する内戦型の紛争が増加し、自衛隊の国連平和維持活動(PKO)への派遣実績も激減してしまった。いま我が国の国際貢献のあり方が問われているのだ。

日本の存在感を高めよ

 第2次安倍内閣は2015年に開発協力の基本方針となる「開発協力大綱」を定め、国益を踏まえた開発協力の戦略的活用を打ち出した。バイデン提案への協力と参加は、この大綱の趣旨に合致するものだ。日本一国では難しくとも、民主諸国の力を戦略的に結集すれば中国に対抗することも可能となる。

 日本は自らが提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想の実践具体化に向け、アメリカとともに途上国向けインフラ支援の枠組みづくりを主導し、中国の一帯一路を抑え込むとともに、途上国の健全な発展を促すことによって、開発協力分野での我が国の存在感をいま一度高らしめるべきである。

(にしかわ・よしみつ)