中国海軍増強と我が国の対応

元統幕議長 杉山 蕃

海上動態監視網の強化を
長距離対艦誘導弾の開発急務

杉山 蕃

元統幕議長 杉山 蕃

 9月1日、米国防総省は、「中国の軍事および安全保障の進展に関する報告書」を発表した。数々の興味ある内容であるが、今回は中国海軍の増強についてコメントしたい。

艦艇数で米海軍を凌駕

 本報告書の中で、米国は中国海軍が戦闘艦艇350隻を保有する世界最大の海軍となり、293隻にとどまっている米海軍を凌駕(りょうが)しているとしている。内容的には空母を中核とする外洋での海上航空打撃力を重視する米海軍は、個艦当たりのトン数が大きく、総量では中国海軍に勝る。他方、中国は、巡洋艦、駆逐艦、強襲揚陸艦といった中型艦が多いが、搭載火力は得意の長距離誘導弾を中核に、対艦能力に優れているといわれる。

 中国海軍は本格的近代化に着手して約25年、旧ソ連からのソブレメンヌイ級巡洋艦、キロ級潜水艦、そして話題のワリャーグ航空母艦廃材を基に、着実にその力を発展させてきた。そして当面の目標は、建国100周年に当たる2049年には「中華民族の偉大な復興」を達成し、「国際秩序を改める政治的社会的近代化を行う」ことを標榜(ひょうぼう)する。もちろん目標達成の最大の後背力は軍事力であり、グローバルな視野から海軍力が特に重要と考えているようである。

 海軍力の一部と言える海外拠点の構築にも積極的である。アフリカ西岸の要点ジブチに拠点を確保したほか、一帯一路の美名の下、巨大債務を抱えさせ、返済不能となったスリランカから南部の要所ハンバントタ港の管理権を99年間獲得し、世界中の非難を浴びている。また、地球上の楽園地帯と目されていた南太平洋バヌアツ、ソロモンに拠点を設ける意図が明白となりつつある。まさにグローバルな海軍力構築が着実に進みつつあると認めざるを得ない。

 対する米海軍はトランプ大統領の「偉大な米国を再び」の方針の下、選挙公約でもある戦闘艦350隻体制を目標に増強路線にあるが、テンポは捗々(はかばか)しくない。

 中国海軍の規模の進展の面からはこのような趨勢(すうせい)にあるが、質的な面からはまだ造成途上の感が否めない。特に空母に代表される海上航空の面では、まだ米海軍と比肩できるレベルではない。しかし、旧態依然とした25年前からの発展を見る場合、さらに30年後の姿は、米国防報告が懸念しているように、国際秩序に大きく影響するレベルに達するであろうことは予想しなければならない。

 このような情勢に、我が国が今後いかに対応していくかは、慎重かつ深甚な議論・検討を要するところであるが、その方向について一案を提示したい。まず重視すべきは、海上動態の掌握能力の確立である。我が国周辺の広大な領海・排他的経済水域(EEZ)および接続海域における艦艇動態を、宇宙・空中・地上・海上・水中を拠点とする各種センサーにより、確実に掌握することは、全ての対応の基本である。もちろん我が国は日米同盟の下、国際海峡・緊要水峡を中心に有効な動態監視網を構成しているが、外洋の多方面からのアプローチに対して今後その必要性が加重されていくことを考慮し、改めて重厚な動態監視システムを構築していく努力がまず必要である。

 第二点は、長距離対艦誘導弾の開発整備である。海上艦艇の弱みは、その脆弱(ぜいじゃく)性にある。全く遮蔽物の無い海上で、経空脅威から防御するのは困難と言ってよい。特に誘導兵器の発達した現今、その傾向は強まっている。我が国の防衛は、海外に覇権を求めて外征するものではなく、領域の安全が目指すところである。従って領域の陸海空のベクトルから、多様な攻撃手段で、艦艇を攻撃できる能力を持てば、有効かつ強靭(きょうじん)な経海脅威への対応力となる。

 現在の自衛隊は、着上陸脅威、離島防衛といった観点から射程の短い対艦誘導弾を陸海空それぞれに保有しているが、距岸300マイル、500マイルといった外洋からの攻撃には手が届かないのが実情であり、射程延伸、高度な誘導システムにグレードアップする必要がある。

功績大きい安倍前政権

 安倍前政権は、日米同盟の深化、国家安全保障戦略、平和安全法制等防衛体制の堅確化に成果を上げたほか、懸案の防衛力整備についても、対弾道弾防衛、「いずも改修」、新戦闘機体系等さまざまな決断で中期的な方向を定めその功績は極めて大きい。続く政権にあっては、長期的な展望に立って、特に隣国海軍の強力化に対応する基本姿勢を確立してほしいものである。

(すぎやま・しげる)