「南京大虐殺」登録資料集を検証

麗澤大学大学院特任教授 高橋 史朗

「大虐殺」立証する資料皆無
日記を偽造、記録映画収録せず

高橋 史朗

麗澤大学大学院特任教授 高橋 史朗

 5年前の10月にユネスコ「世界の記憶」に登録された「南京大虐殺」資料に誰もアクセスできないという異常事態が続いていたが、一昨年、中国の南京出版社より全20冊が発刊された。「前書き」には、虐殺被害者は30数万人と明記されている。

信憑性ない戦犯供述書

 中国は申請資料の不備により、ユネスコから追加資料の提出を求められ、同「前書き」によれば、ソ連が1945年8月に中国の東北地方に出兵した時に捕え、50年7月20日にソ連から中国に引き渡され後、「偵察的尋問と教育的な改造を経て、56年6月に中華人民共和国最高人民法院の特別軍事法廷の裁判を受けた969人の日本人戦犯」の供述書を追加申請した。

 しかし、「中国共産党が調査した、戦犯日本兵の供述書」は関係者の証言などから信憑(しんぴょう)性に乏しく(『元兵士102人の証言』の証言者の再ヒアリングの調査結果が集大成された東中野修道『南京「事件」研究の最前線』展転社、参照)、30数万人の虐殺があったという学術的根拠を立証する資料もなかった。

 この資料集の内容を初めて紹介、分析し、全20冊に収録された資料一覧に解説を加えて、史料批判を試みた考察が、歴史認識問題研究会(西岡力会長)発行の『歴史認識問題研究』第7号に掲載(長谷亮介「資料解説」参照)された。

 同「資料解説」によれば、資料は114点で、①戦時中に作成され日本の研究者から反論が出ていないものが11点②反論が出ているものが19点③戦後作成された資料が67点④作成年不明が18点で、30数万人の「大虐殺」を証明できる資料は皆無であった。

 戦後作成された資料の大半は、中国国内で行われた聞き取り調査であるが、被害申告者名や目撃者名が書かれていない極めて粗雑な報告書である。

 まず、第1集の「前書き」に、ラーベ日記の原文にはない文章が偽造されて、証拠資料として提示されている。映像資料は米人牧師ジョン・マギーが撮影したマギー・フィルムだけで、南京の戦犯法廷で傍聴人の前で上映された、戦線記録映画『南京』は収録されていない。

 マギー・フィルムに「日本軍に暴行された中国人が映っている」と主張しているが、暴行場面はなく、マギー自身も東京裁判で、実際の目撃は「殺人1件」と証言しており、東京裁判でも虐殺の証拠として提出されなかった。また、南京占領直後に日本軍の許可の下で行われた戦争の人的・物的被害の調査報告書であるスマイス報告書の本体も全20冊に収録されていない。

 南京市国際安全区で働いていた中国人女性の程瑞芳日記の記述は、当時行動を共にしていたミニ・ヴォートリンの日記と比較すると真逆の内容で信憑性がない。「殺人・強姦(ごうかん)等の暴行を実施した」と明記した金陵大学の文書は、単なる「被害額一覧表」にすぎず、日本軍による殺人・強姦を立証するものではない

 私は同資料が「世界の記憶」に登録される3カ月前にパリのユネスコ日本代表部を訪れ、英文反論資料を手渡し、ユネスコ本部に反論文書も提出したが、登録を阻止できなかった。最大の失敗因は、外務省が積極的な働きかけはかえって反発を招くことを懸念して、事実に踏み込んだ反論をする姿勢に欠け、事前審議で「仮登録」という評価を下した登録小委員会への働きかけが中国に比べて欠落していたことだ(拙稿「歴史戦争の敗北はなぜ繰り返されたのか」『正論』平成27年12月号、参照)。

検証結果、世界に発信を

 従来の論議の土俵を作り直し、「南京大虐殺はなかった」と主張するのではなく、「30数万人の大虐殺があった」と主張して、「世界の記憶」に登録申請した中国側に挙証責任があるという前提に立って、その主張の論拠を学術的に検証し、世界に問う必要がある。

 長谷の試論はその貴重な第一歩であり、戦時中に作成された資料で日本の研究者から反論されていない資料は11点で全体の1割にすぎず、この資料についても「30数万人の大虐殺」を証明できるものは皆無であることが判明した。

 ユネスコ「世界の記憶」の制度改善について、30数カ国で構成されるワーキンググループでの協議を経て、来年の執行委員会で決定される見通しであるが、この論議とは切り離して、「南京虐殺」登録資料の学術的検証結果を世界に発信する必要があろう。

(たかはし・しろう)