「自由で」戦略に不都合な 東南アジアの反自由・強権化

山田 寛

 

 ミャンマーの劇的な政変は、この国の民主化時計を午前零時に戻してしまうのか。膨張中国と日米豪印の「自由で開かれたインド太平洋」戦略の間で、東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々がどちら寄りになるかは、大きなカギとなる。だがミャンマー以外でも、地域には中国類似型の強権化・自由抑圧傾向が増している。その一例が反政府派を吸い込む“ブラックホール”。タイをハブとした近隣諸国での「強制的失踪」事件だ。

 「強制的失踪」は、政府機関要員などによる拉致の疑いが極めて強く、闇に包まれた事件を言う。東南アジアでは以前からこの種の事件が発生してきた。だが近年、特に2014年のタイ軍事クーデター以後目立っているのは、おそらくはタイと近隣国との連携プレーで、タイから脱出した活動家が居住・滞在先の国で失踪する事件、またはそのお返しの逆方向の事件だ。

 16~20年に少なくとも9人が近隣国で失踪した。皆SNSでプラユット政権を厳しく批判していた。18年末にラオスで消えた3人のうち2人は、国境のメコン川で手足を縛られ、腹にコンクリートを詰められた無残な遺体で発見された。19年にラオスから他国への再脱出を図った別の3人はベトナムで捕まり、タイに引き渡されたというが、タイ当局は知らぬ存ぜぬだ。

 20年6月にカンボジアのプノンペンで37歳の活動家が失踪したのは、自宅近くのコンビニに出かけ、タイの姉と電話で話していた最中だった。姉は突如大きな音、カンボジア語の大声、「息ができない」という弟のうめき声を聞いた。その後プノンペンを訪れ、店員の証言も得て拉致を確信し、カンボジア当局に調査を求めた。

 その姉の奮闘も話題となり、国際人権団体も国連機関も声を上げた。欧州議会の一部は、「ASEANの政府による反政府派の捕捉・交換」に対する重大な懸念を表明した。カンボジアは「強制的失踪防止条約」加盟国。だが両国政府とも全否定である。

 一方、タイの研究者の調査では、過去20年間に20人以上のラオス人が、政治的理由でタイで拉致・殺害されたという。かつてタイは近隣国の反政府派や亡命者の天国だったが、今や国際団体から「不神聖同盟」などと呼ばれる反政府派摘発協力関係を構築した様に見える。

 もちろん各国間で合法的な「逃亡犯人引き渡し」も行われている。亡命希望を国連難民機関で認定された者でも捕らえて引き渡す。容赦も人道配慮もない合法だ。

 タイでは昨年後半、王制改革まで要求する学生らのデモが激化し、政府は世界一厳しい不敬罪という伝家の宝刀をぬいた。昨年末には40人以上が起訴され、先月には65歳の女性に43年もの長期刑が言い渡された。

 20年ほど前、タイは東南アジア民主主義の代表選手の様にも見えたのだが。

 ベトナム、ラオスは共産体制、カンボジアも強権政治で、自由や人権は抑圧されている。ベトナムの状況をフォローしている国際NGOによると、先月末、同国内で投獄されている活動家は255人に上っている。

 ミャンマーはもちろんだが、こうしたASEAN諸国のままで「自由で開かれた・・」スクラムを組めるだろうか。

 同戦略へのバイデン米政権の熱意度はまだ分からないが、日本はその推進のため、米国にもASEANにも一層はっきり物を言う覚悟が必要だろう。「注視している」だけではダメだ。民主化と人権状況改善へ明確な言動で働きかけながら、それでも背を向けられず、中国陣営に追いやらない。そんな巧みな外交を何とか工夫したいものである。

(元嘉悦大学教授)