水産の本質論じぬ改革会議

小松 正之東京財団上席研究員 小松 正之

漁業法改正に全く触れず
漁業権は非現実的な「縄張り」

 昨年9月29日から内閣府の規制改革推進会議の水産ワーキング・グループの検討が始まった。主な審議事項は①漁業の成長産業化に向けた水産資源管理の点検②水産物の流通構造の点検③漁業の成長産業化と漁業者の所得の向上に向けた担い手の確保や投資の充実のための環境整備―である(平成29年9月20日)。お題目は大変に結構だが、何を言っているのか専門家の私でも困惑する。しかし、検討の内容を見るとビジョンも内容もない。ここは規制改革のための提言をする会議でありながら、最も根本的な規制である漁業法には何も触れていない。天下の旧態依然とした法律である漁業法は、その前身の旧明治漁業法が116年前の明治34年(1901年)に制定された。科学も未発達で、近代漁業設備もなく、現在の養殖業も全くなかった時の法律であるが、一般人も漁業者も本当はよく知らない漁業権の制度を抱えている。

 現在の漁業法でいう漁業権とは専門家が100回読んでも理解不能なほど、条文が複雑に入り組んでおり、趣旨や目的は述べず、手続きを書き込んだ分かりにくい漁獲の権利である。世界の漁業は科学的な管理に向かっているが、その内容を全く盛り込んでいない。時代から大きく遅れて、現実社会に合わず、手段も漁業権といういわば場所の管理を行い、法が老化し、現実の問題の解決に耐えられない。その結果、日本漁業は急速な勢いで漁業生産量と漁業者が減少する重態の病人となった。規制改革会議はそれでも漁業法にも漁業権と漁業協同組合の全面的な改革にも全く触れていない。また、自民党政権下の2008年から水産の検討が10年間も放置されたことも、自民党政権と規制改革会議の怠慢である。農業を検討中で水産は後回しとは理屈にもならない。地方、特に水産都市と漁村の軽視である。

 漁業・養殖業の生産量は1282万トン(1984年)から850万トン減り、3分の1の431万トン(2016年)に減少した。養殖業が減少した国は日本以外、世界でも例を見ない。17年もサケとサンマ、ホッケやスルメイカが大幅に減少し、400万トンを下回ることも懸念される。

 米国、カナダおよびノルウェーなど諸外国は、1982年の国連海洋法の発効に合わせて、根本法たる漁業法を改正した。漁業者が最も嫌がる個別譲渡性漁獲量(ITQ)を導入して乱獲を禁じた。これは日本が主として採用し、漁業者がすり抜けることが得意なエンジン馬力や魚槽容量の規制とは意味が全く異なる、モニターが容易な規制である。また、日本の独特の制度は日本人にも分からない。

 沿岸漁業の漁場の「縄張り」を定めているのが漁業権である。これは部落間の紛争の解決のために明治時代に創設された。それを後生大事に現在も維持しているが、現実の問題解決に合わない。

 縄張りを定めた漁業権は漁業者以外に与えないし、継承ができない。優先順位をつけて漁業協同組合員の漁業者に配分が行き渡るように利権化し、管理者も身内である漁業協同組合という狭い社会での甘えが生じ、何をどこで何トン漁獲したかは、誰にも分からない。漁獲データが収集・提出されない。規制改革会議では、漁業協同組合が漁業権を盾にして産業界から各種の補償金を得た歴史があるのに、漁業権の管理を漁協から都道府県に移すなどの根本的な提案もしていない。

 水産ワークキング・グループは水産庁、全国漁業協同組合連合会(全漁連)、水産研究・教育機構、地方漁協、北海道漁業関係者を審議の場に呼んだ。水産庁と全漁連は既得権の擁護が関心事で、水産研究・教育機構も水産庁から出向者と予算が提供されており、彼らも既得権を失うことはしたくない。

 水産庁は水産業の現状や漁業制度の仕組みの問題と対策を主体に説明することなく、全漁連も資源や経営の悪化並びに漁業の衰退の原因には触れていない。

 水産ワーキング・グループのメンバーも、全漁連や水産庁に調査委託を受けた者や許認可の直接の受給者で、大局観と専門性を持って日本の漁業の改革を志向する人は排除された。水産庁や全漁連が資源悪化と漁業衰退に対して行う膨大な補助金投入の効果の評価と、衰退を止められなかった水産政策への評価も行われない。

 養殖業においても、ノルウェーやアイスランドなどでは、海域の生産性に応じて、全体の養殖量を設定し、いけすごとの養殖量の規制がある。だが、日本では漁業協同組合が人間関係によって、漁場を割り振る。科学と経営の観点がない。衰退する養殖業は世界でも日本しか例を見ない。規制改革推進会議は、このような問題を抱える漁協が管理する特定区画漁業権(養殖業の漁業権)の是非と在り方に全く言及していない。

 漁業法、漁業権と漁協の改正を全く含まない本質を欠く小手先の運用の改変で提言がまとめられては、将来の水産業にとってマイナスである。現在の提言では国民に不必要な誤解と損失を与える。税金の無駄遣いと問題の先送りにより状況は悪化し、水産業はさらに衰退が進む。

(こまつ・まさゆき)