より良い日本国憲法実現へ
改正は国民の継続的課題
重要なのは成功体験持つこと
日本国憲法施行から満70年を経て、ようやく憲法改正が現実の議論の対象となってきた。
国立国会図書館が発表した「諸外国における戦後の憲法改正【第5版】」(調査及び立法考査局憲法課、2017年1月10日付)によると、1945年の大戦終結から2016年12月までの各国の憲法改正回数は、アメリカが6回、カナダは1867年憲法法が17回、1982年憲法法が2回、フランスは27回、ドイツは60回、イタリアは15回、オーストラリアが5回、そして中国と韓国がともに9回である。これに対して、周知の通り、日本は日本国憲法制定以来、一度も憲法改正を行っていない。
ところで、アメリカのConsti‐tutionを1874年に林正明が「合衆国憲法」と訳出し、同年に箕作麟●(=祥のネへんを示に)がフランスについて「仏蘭西法律書憲法」を著したことを初めとして、80年代に「憲法」という訳語が定着したといわれている。聖徳太子の「十七条憲法」からとったこの訳語は輸出されて、中国語でも「憲法」となった。さらに、89年に大日本帝国憲法が制定されると、明治大帝による欽定憲法は「不磨の大典」となる。聖徳太子の「十七条憲法」プラス「不磨の大典」で、日本では「憲法」は改正があり得ないものという感性が醸成された。この土台があるところに、戦後の日本では、占領下にアメリカ主導で制定された日本国憲法を、「主権在民」「基本的人権の尊重」「平和主義」の理想的憲法であるとして学校で教えた。この結果、日本国憲法は護符のごとく神棚に大切に祀(まつ)られることになった。
そもそも「憲法」は、国家の基本法である以上、安易な変更を慎まなければならないが、むしろ重要な法令だからこそ、字義に不分明な点や不十分な点があれば速やかに修正されるべきである。また、国内外の情勢の変化や、科学技術の進歩や経済発展と、あるべき国家像の変遷に応じて、繰り返し改正すべきものである。しかし日本では、憲法に神聖性が纏(まと)わり付くことで、憲法を改正するのは恐れ多いことというイメージとなってしまった。
実は、旧憲法には民主的政府が軍部をコントロールできない瑕疵(かし)があり、大正デモクラシー期以後、しばしばそれが政治的危機の種となった。しかし、「不磨の大典」には手を触れられなかった結果、国政の統一性に破綻を来し、張作霖爆殺事件から満州事変への道をたどることになった。つまり、「憲法改正」ではなく、「改正をしなかったこと」が軍部暴走の要因となったのである。そもそも憲法は人間が作るものだから、いくら制定に熟議を重ねても、時勢の見通しには限界があり、時間の経過とともに現実との不整合が発生する。また、人間は無謬(むびゅう)ではないため、必ず何らかの瑕疵が残される。だから、憲法制定から時が経つとともにその欠陥が次第に明らかになり、その改正が必ず必要になるのである。
今日、占領下にアメリカ主導で制定されたまま、満70年余も改正されなかった日本国憲法には、欠陥が少なくなく、現実との乖離(かいり)が甚だしい。だから改憲派の人びとは、憲法改正が現実の日程に上ろうとしている今日、千載一遇の機会到来とばかり、一度に多くの改正を実現しようと意気込むことになる。しかし、これではできるものもできなくなるのではないか。そこで憲法改正を実現させるために、以下の提言をしたい。
第一に、国民が憲法改正の成功体験をすることを最優先することである。ここで失敗したら、次のチャンスが見通せなくなる。
昨年10月の衆議院議員総選挙の結果によると、次の参議院選挙までの間、国会で憲法改正に必要な3分の2の賛成を得られる可能性がある。しかし、日本人一般の憲法イメージからすると、それに続く国民投票で過半数を得ることは容易ではない。
そこで国民投票を成功させるためには、与野党の改憲派勢力による改正案策定において、スムーズに合意に達することが決定的に重要である。改憲派の間に対決的な雰囲気が醸成されるようでは、世論の分裂を招き、国民投票での可決は覚束(おぼつか)なくなる。とにかくまず、憲法改正を一度成功させるため、改憲派内の合意達成を最優先しなければならない。
第二に、「憲法改正」のイメージを、生涯一度の、あるいは滅多にない大事業から、必要に応じて繰り返し行われるべきことへと転換させることである。そして改憲派勢力は、憲法改正実現で大団円、ハッピーエンドになることを期待してはいけない。実現する憲法改正のレベルがどうであれ、遠からず次の憲法改正は必要になるものと覚悟を決めて、憲法改正を求める国民運動は、延々と続けなければならないのである。
第三に、憲法改正の国民投票は、国政選挙と切り離して、単独で実施しなければならない。たとえ国会において、与野党多数が合意で憲法改正を発議しても、国政選挙では野党は安倍政権打倒を叫んで与野党対決になるので、与野党一体の憲法改正支持キャンペーンが難しくなるからである。
以上、まずは不十分な内容でも憲法改正を実現させ、より良い日本国憲法を追求する長い道のりの一歩を記したいものである。
(あさの・かずお)