消滅危機、日本のカツオ漁業
島嶼国への投資不可欠
国際交渉で新たな枠設定を
「目に青葉、山不如帰(ほととぎす)、初鰹(はつがつお)」。かつお節と出汁(だし)として食卓を数百年にわたって潤し、刺し身とたたきは食卓の主人公である、日本人にとって大切なものが食べられなくなる危機にある。
日本の周辺の海域と中西部太平洋を条約対象海域とするまぐろ類条約は2004年に発足した。日本が加盟したのは05年8月である。交渉者であった筆者は、本条約が紛争解決手段を沿岸国の利益を有利に導く国連海洋法第15条の規定をそのまま引用していることや、多数を占める島嶼(とうしょ)国の票数に対して少数派の日本や米国の遠洋漁業国の異議申し立て権が認められていないことから、この条約には加盟すべきではなく、条約文を根本から書き直すべきであると主張した。だが、妥協主義の水産庁の幹部は筆者を人事異動し、ほとんど何も変えず条約に加盟した。日本のカツオ漁業は国内規制で自縄自縛となり、数に勝る島嶼国の言いなりで衰退している。
中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)が対象とするカツオの資源は、資源の健全なレベルの漁獲を与える最大持続生産量が約150万㌧である。15年では約200万㌧の漁獲があり約50万㌧超過、条約発効前の約138万㌧(02~04年平均)からは約62万㌧超過した。
日本にとっては日本近海に北上回遊する群の縮小も問題だ。16・2万㌧(03年)あった日本周辺海域の漁獲量は、著しく減少し、15年7万㌧で16年はさらにそれを下回る。
最近はようやく、魚群を効率的に漁獲する装置である集魚装置(FAD)の使用制限に関する合意が得られ、毎年7月から9月までのFADを使用しての操業が禁止された。FADは自然の流木や人工の浮遊物から構成され、近年では全地球測位システム(GPS)やソナーを搭載している。
09年から2カ月のFAD使用の操業の禁止が導入され、10年から12年までは3カ月間の操業禁止とされた。13年からは4カ月の操業禁止またはそれに相当するFAD使用制限とされている。ただ、委員会合意ではFADから1マイル以内に近寄らなければFAD操業ではないとしており、これが問題である。FAD付きの操業を禁止した効果は上がっていない。
また、漁船を新造する場合に被代船をスクラップすると合意されたが、15年と16年に100隻弱建造されたとみられる日本漁船は最大760㌧級(国際トン数では1800㌧級)であるのに対し、欧州の大型船は4000㌧級に達する。最新鋭化・大型化し、漁獲能力が大幅に増えている。02年に約200隻であったものが、最近の漁船数は2倍程度に増加しており、日本にとって危機的状況にある。
一方、WCPFC条約海域にはミクロネシア連邦、パプアニューギニアとキリバスなど8カ国を加盟国とするナウル協定(PNA)があり、良好な漁場海域を占め、WCPFC総漁獲量の約60%を占めている。PNAは07年12月1日から操業隻日数規制(VDS)を導入した。VDS収入は遠洋漁業国の全漁獲高の8~13%を占めるまでに増加した。VDSはまずPNA諸国の排他的経済水域(EEZ)内の総操業日数を決定する。8カ国への割当ては過去7年の操業実績と生物資源量を半分ずつ考慮し決定する。
VDS価格は08年から11年まで1日当たり1200~2500㌦。15年からは8000㌦となった。島嶼国のVDS収入は、ミクロネシアでは国家収入の約40%、キリバスでは50%に達する。うまみがあり簡単にはやめられない。VDSの負担が日本船の全支出の約2割から4分の1を占めるまでになった。
遠洋漁業国の新漁船建造には上限枠があり、島嶼国の漁船建設は適用除外である。この枠組みなどを活用して、フィリピン、台湾と中国はパプアニューギニア、ミクロネシア連邦とマーシャル諸島などで、カツオ・マグロの加工場を建設して、VDSを2000㌦で購入している。16年の基準価格8000㌦との差の6000㌦は遠洋漁業国への補助金である。これを財源にこれらの遠洋漁業国は加工場の建設投資を行う。ところが日本の海外巻き網を有する漁業会社は所有船が1~2隻で、加工場のノウハウもなく、大規模な投資が行えない。
台湾、フィリピンのように島嶼国の懐に入り込む政策と実行力を行使しない限り、日本の海外巻き網漁業は早晩消滅の可能性もある。一方で島嶼国も人的資源、インフラ、水資源や電力もなく形式的な合弁を超えた本格合弁の推進は簡単ではないが、これらを総合的に提供する新しい形の政府開発援助(ODA)と人的な派遣と漁業界・民間の積極的な投資を行う必要がある。
一方、政府間交渉では、VDSに代わるスキームを早期に提案し、他の遠洋漁業国と一致して合意に持ち込むことだ。それはカツオ150万㌧程度の漁獲可能量(TAC)と日本周辺の海域にTACを別途10万㌧程度に設定することだ。そのためには日本市場へのアクセスも活用せざるを得ないだろう。できないと諦めてはだめだ。既存の交渉の延長で対応はだめだ。TACが導入されれば、日本船を束縛する国内の諸規制も撤廃すべきだ。小手先はもう通用しない。
(こまつ・まさゆき)