EU離脱へ進む英国の現状
栄光の歴史 融解を阻む
健全な独立国として存続へ
欧州連合(EU)離脱決定以後初めて、英国の移民の入出国数が発表された(2月23日報道)。それによると、ポーランド、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、スロバキアとスロベニアのEU8カ国からの移民は、9月までの1年間の出国者数が3万9000人と3倍以上に増加した。一方で、8カ国からの移民の新たな流入数は5万8000人で、この10年間でもっとも少なかった。
それでもEUその他全世界からの移民は、流出より流入が27万3000人も多かった。そのほとんどは難民ではない。その数値は32万2000人から4万9000人減少したが、移民流入の減少は、今後、英国に居住することへの不安が主因だ。EU離脱後に出入国をコントロールすると約束したメイ首相は、この数字に喜んでいるだろう。
2004年のEU拡大以後、移民の実数が減少したことはないが、EU新加盟国のブルガリアとルーマニアからの流入が7万4000人の新記録で、これが数字を押し上げた。こうして2000年に5889万人だった英国人口は、2010年6276万人、2016年6511万人と急増しており、今後も一貫して人口増加が見込まれる。この人口増は、主に移民によるものである。
一方、首都ロンドンのカーン市長は、EUからの強硬な離脱は、首都の建設業界に深刻な悪影響を及ぼすと警告した(27日報道)。メイ政権の言う通り、ロンドンのEU労働者の地位を今後は保証しないとすれば、建設関係の熟練労働者が決定的に不足して、首都の建設需要が満たせなくなるという。
協定無きEU離脱は、首都の建設労働者4分の1の喪失をもたらすと見込まれている。実は、35万人いるロンドンの建設労働者のうちほぼ半分が英国出身で、27%がEU諸国、3%が他のヨーロッパ諸国、14%がその他の世界各国の出身だ。
さて、英国の人口は11年までの10年で7・9%増だが、ロンドンでは14%も増加した。イングランド北東地域の人口増は3・2%、北西地域では4・8%だから、首都への集中ぶりが顕著である。
ロンドン市政の専門家は、建設業界だけでなくロンドンの経済界では、移民の労働者は極めて重要であり、それなしには深刻な労働力不足になるという。例えば移民の熟練建設労働者減少に対応して、技術継承を進めつつ必要数を満たすには、21年まで毎年新たに1万3000人の労働者の確保が必要になる。したがって、ロンドンでは、中期的なEUからの労働者確保と、既存の移民労働者への保証が必要だと訴えている。
いずれにせよ、英国の首都には、建設業界と行政が協力して、英国人労働者の養成と確保に取り組まなければならない切迫した状況がある。
昨年6月のEU離脱の賛否を問う国民投票では、全体で離脱賛成が51・9%だったが、スコットランドでは62%、北アイルランドでは55・8%がEU残留支持だった。周知の通り、スコットランドには英国からの独立志向があり、北アイルランドではアイルランドとの協調が必要だという、EU残留を必要とする事情がある。
一般に、接戦で離脱を選択したイメージの国民投票だが、スコットランドと北アイルランドの事情に加えて、総人口の13・5%を占めるロンドンの結果が大きく影響した。イングランド9地域のうちでロンドン首都圏だけが、59・1%の残留支持という結果だったのである。ロンドン以外の8地域では離脱支持が55・4%で、残留派との差は優に10%を超えて接戦ではなかった。接戦は、地域格差による数字のマジックである。
建設業界の実情から分かる通り、首都ロンドンはすでにEU統合の潮流のただ中にある。また、イングランド8地域の結果を詳細に見ると、東部地域ケンブリッジ市で73・9%、南東部地域オックスフォード市は70・3%と、突出してEU残留支持が多かった。これらは英国を代表する知識人の牙城だが、その他グローバル企業の拠点都市では残留派が多数を占めた。
しかし、栄光の歴史にプライドを持つ英国伝統の保守主義からすれば、祖国が次第にEUの中に融解していくことに反対するのは自然である。イングランド8地域のEU離脱支持は、英国らしい英国の存続を求める地に足の着いたイングランド人の感覚の現れである。
メイ首相のイギリスは、反グローバリズムの一国中心主義に邁進(まいしん)しているのではなく、ヨーロッパ統合の潮流によって、栄光の歴史ある英国が溶けていくのを阻み、健全な独立国として存続することを目指しているのである。しかし、流れに逆らう者は異端視されるのが常であり、英国は他のEU諸国等から白眼視される。
グローバル化の進む世界とはいえ、固有の文化と歴史を持つ多様な国家が、併存しつつ協調することこそ望ましい。栄光ある英国の存続に期待したい。
(あさの・かずお)