トランプ氏と露絡みの情報戦
米社会の混乱もくろむ露
不名誉情報は利用価値失う
昨年の米大統領選挙戦において、トランプ氏は親プーチン姿勢を鮮明にしていた。これを捉えて「トランプ氏とロシアの黒い危険な関係」「トランプ氏はプーチン大統領の傀儡(かいらい)」との言葉も踊った。選挙が終わり、トランプ氏が大統領就任直前の2016年末から17年初めにかけて、不名誉情報(性的スキャンダルを含む同氏を貶(おとし)めるもの)が出た。
この背景には次のような事情が考えられる。トランプ氏は予想に反し(?)共和党候補に指名され、ヒラリー氏と争うことになった。だが、共和党から全面支援されたわけではない。しかもメディアはヒラリー支持52社、トランプ支持は僅(わず)か2社であった。従って本選の予測も、クリントン氏の勝利が大半であった。
つまり、昨年11月8日の大統領選挙投票前と後で、米政界の状況が一変した。
16年6月に共和党の反トランプ派が、米民間調査会社にトランプ氏とロシアとの関係の調査を依頼した。トランプ氏が共和党候補に決定後は民主党が引き継いだ。その調査は、実際には、下請けの元英国情報機関MI6情報部員クリストファー・スティール氏(52)が担当した。最初の報告は「トランプ候補のロシアでの活動とクレムリンとの不名誉な関係」(16年6月20日)であった。報告は17件、最後は12月13日付で、35㌻ある。
スティール氏は、1990年代前半に2年間旧ソ連勤務の経験がある。だが、それ以降20年以上ロシアに入国しておらず、今回の調査は直接収集したものではなく、在勤時培ったロシア人に情報収集を依頼したようだ。なお彼は、一般に報道される直前の1月11日、自宅から姿を消してしまっている。
昨年8月、スティール氏は米連邦捜査局(FBI)にも調査情報を提供、一部メディアも昨年夏頃には内容はともかく、それらしきものを承知していた。10月には、米CNNや英BBCも調査書を得ていた。なぜ、メディアは報道しなかったのか。それは真偽不明だったからである。
公開された35枚は活字だが、ページは手書きである。17件の報告には、番号が振ってあるが連番ではなく、抜けているものがある。最初の番号は080、最後は166。つまり連番通りの報告があったとすれば、135件のうち、17件しか公開されていない。それぞれ年月日が入っているが、一つには記入がない。また、2015年7月26日付の古いものがある。
次期大統領決定後、右記調査書を公開掲載(1月10日)したニュースサイト「バズフィード」は真偽について「確認は取れておらず、虚偽の可能性がある」としている代物である。
CNNは同じ10日、この調査書にはトランプ氏の不名誉な個人的および財政的な情報が含まれていることを示唆するニュースを報じた。トランプ氏は、11日の当選後初の記者会見で、虚偽ニュースを流すとCNNを非難、全て出鱈目(でたらめ)だと否定した。
これとは別に、昨年末にオバマ大統領(当時)が指示し、1月6日に、国家情報長官室(ODNI)が発表した報告書(中央情報局=CIA=、FBI、国家安全保障局=NSA=3機関が合同で作成)「米国の今次選挙におけるロシアの行動と意図に関する評価」および「米大統領選挙へのロシアの介入」(17年1月6日)(秘密版と公開版)がある。公開版は確たる証拠のない、推定が多く、しかも12年の報告書に基づいたりもしている。
オバマ政権・情報機関がトランプ氏不名誉情報のリークに加担した節がある。それも「確たる証拠」のない情報をだ。証拠がないのか、あっても手の内が分かってしまうので踏み込んでないのか、定かではない。また仮にやったとしてもロシアのやり方も巧妙で、トランプ氏がロシアに依存するのではなく、ロシア側がそれとなく(一方的に)トランプ氏を支持するという情報・方法を取っている。
1月6日、国家情報長官は、オバマ大統領(当時)とトランプ次期大統領に、先述した6日付の内容を報告した。
民主党・クリントン陣営へのハッキングについて、トランプ氏はロシアがやったことを認めた。ということは、内部告発サイト「ウィキリークス」が公開したメールの内容は本物であったことを意味し、民主党の自業自得の結果になった。ただ、米情報機関も認めているように、現段階では選挙結果に影響したとは言えない。
一方、不名誉な情報、性的スキャンダルについては、これが真実であったとしても、トランプ氏はロシアから脅かされることがなくなった。このような情報は、公にせず、当人に脅しをかけて利用してこそ価値がある。それが公になってしまうと、脅迫に使えなくなる。もしでっち上げなら、それに関わったものは、ガセネタを信じてトランプ氏を貶めようとしたことになる。トランプ氏は被害者であり、責められることはない。
ロシアにとっては、米国で騒げば騒ぐほど混乱や不安を米国社会に及ぼせるので、静観している。その一方で、それらしき情報を提供し続けているようだ。まさに情報戦である。
(いぬい・いちう)