「反イラン軍事同盟」構想

佐藤 唯行7獨協大学教授 佐藤 唯行

スンニ派アラブを結集
密使クシュナー氏が裏工作

 2月中旬に訪米したイスラエルのネタニヤフ首相がトランプ米大統領との間で話し合った重要案件の一つが対イラン政策であった。

 彼らがイランの喉元を締め上げるために目下、ひそかに進めているのがアラブ諸国に対する「反イラン軍事同盟」の呼び掛けである。呼び掛けの対象はイスラム教スンニ派のアラブ諸国だ。同じイスラム教とはいえ、スンニ派はシーア派のイランとは長い抗争の歴史があり、今でも仲が悪いのだ。「同盟」参加が最も容易なスンニ派諸国はエジプトとヨルダンだ。両国とも既にイスラエルと平和条約を結んでいるし、公式な外交関係も樹立しているからだ。一方、サウジアラビアやアラブ首長国連邦等ペルシャ湾岸のスンニ派産油国は参加のハードルがやや高い。けれど近年、イスラエルとの間で信頼関係を慎重に構築しつつあるのだ。情報の共有化やイスラエル製ハイテク兵器購入による安全保障面での連携である。

 この「同盟」は北大西洋条約機構(NATO)型の集団安全保障機構をモデルとしている。加盟国の一つが攻撃を受ければ、全加盟国が反撃に出ることを義務付ける集団防衛をうたった同盟規約についても議論されているそうだ。「同盟」プランにおいてはアメリカは軍事的支援を行うが正式なメンバーとはならない。同じくイスラエルも正式な加盟国とはならず、舞台裏での軍事情報提供や得意とするサイバーセキュリティー分野での協力を分担する予定だ。サウジ等のアラブ諸国では政府レベルではイスラエルとの連携に前向きでありながら、民衆レベルでは依然、反イスラエル感情が根強い国が多く、イスラエルが表に出てはまずいのだ。

 こうした「同盟」が構想された背景には中東諸国の多くが核開発を放棄せぬイランと「イスラム国」(IS)の台頭を目下、最大の脅威と見なし、パレスチナ紛争への関心を弱めている状況が指摘できる。つまりイランという共通の脅威を前にイスラエルへの敵意が薄れ、共に手を組むことの利点が認識され始めたということだ。

 特にサウジは過去2年間にわたりイランを後ろ盾とする南隣イエメン(目下、内戦状態にある)のシーア派武装組織フーシ派による攻撃に苦しめられてきた。イエメン沖を航行するサウジ船舶を攻撃したフーシ派を鎮圧するための戦いであった。さらに厄介なのはフーシ派の後ろ盾イランがイエメンと対岸のエリトリアの間にあるバーブアルマンダブ海峡(紅海への南側の入り口)の支配権を握ろうと画策している点だ。これを許せばサウジは欧州向けの石油輸出が困難となる。断じて容認できぬ事態と言えよう。

 イランの脅威に悩まされているのはイスラエルも同じだ。イスラエルの北隣レバノンにはシーア派武装組織ヒズボラが拠点を築いているが、彼らは既に中距離巡航ミサイルを入手しており、イスラエルが自国の沖合に構築した海底に埋蔵されるエネルギー資源採掘施設に深刻な打撃を与えかねない脅威となっているのだ。そしてミサイル供給元がヒズボラの後ろ盾イランなのだ。

 このように「敵の敵は味方」という論理で米・イスラエルとサウジを中心とするスンニ派アラブ諸国は同盟構築の基盤を有しているわけだ。

 同盟実現のために奔走する密使が米大統領上級顧問のジャレッド・クシュナーだ。2月中旬、クシュナーはイランと敵対するスンニ派の湾岸諸国の外交責任者と会談を繰り返し、彼らを味方に抱き込む裏工作を行っている。

 とりわけアラブ首長国連邦の駐米大使とは昨年6月から既に接触を始めているそうだ。

 クシュナーはトランプとネタニヤフを結ぶ最も頼りになる連絡係だ。トランプにとっては娘婿であり、ネタニヤフとは中学生時代からの顔見知りなのだ。ネタニヤフは政治資金集めのために1980年代から全米各地のシオニスト系ユダヤ富豪の邸宅へ足繁く行脚を繰り返してきたが、クシュナーの両親宅にも滞在したことがあるのだ。その晩、自分の寝室をネタニヤフのために明け渡したクシュナー少年は地下室で寝る羽目になったそうだ。

 世界にユダヤ人口は1300万人。東京都の人口と大差ない。だからエリート同士は顔見知りという場合が結構あるのだ。高校在学時に参加したアウシュビッツ収容所への見学ツアーでも講師役を務めたのがネタニヤフだった。「ユダヤ人国家樹立があと数年早かったらホロコーストの惨禍は防げたはずだ」と熱弁を振るいユダヤ民族の避難所としてのイスラエルの重要性を説くネタニヤフの姿にクシュナーは感銘を受けたという。長ずるに及んで彼の政治スタンスはネタニヤフのそれと同じ中道右派シオニストになってしまったのだ。

 さて、この「同盟」構想。最終的にどのような形で結実するかいまだ分からぬが、中東において数十年続いた合従連衡の枠組みを大きく変える契機となることは確かであろう。それはイランにとり大きな打撃となるだろう。

 密使クシュナーの活動を注視してゆきたい。

(さとう・ただゆき)