1兆元の大台、中国国防費

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

軍権掌握を急ぐ習主席
強軍建設めぐり党軍間に葛藤

 中国では、第13期全国人民代表大会(全人代)が北京で5日に開幕し、李克強首相による政府活動報告で改革と成長の均衡が提起され、経済成長目標が6・5%と前年より低めに設定された。2017年度の国家予算などの審議はこれからだが、開会に先立ち蛍傳全人代報道官は、17年の国防予算については昨年より7%前後の増額と発表した。

 16年度の中国の国防費が9543億元(約16兆2000億円)であったことから、17年度の国防予算は計算上1134億元(約1・1兆円)増の1兆元(約17兆円)となる。この際、中国では国防建設に振り向けられる国防費総額は公表される国防予算の外に「軍隊予算外経費」として武器貿易の利潤など表向き計上されない金額があり、実質的な国防費は公表国防費の1・5~2倍と見られていることに留意する必要がある。

 それでも中国の公表国防予算は、国内総生産(GDP)伸び率6・7%を超える高い伸び率であり、世界第2位の経済大国として財政規模が大きくなっており、史上初の1兆元を超えることとなる。

 ちなみに米国の国防予算は、「力による平和」を主張するトランプ大統領が17年の国防予算6045億㌦(約78兆円) を米議会に提案している。このように圧倒的な国防費を投入する米軍事力に対抗できるよう軍事力強化に努める中国の国防費は米国の5分の1以下という側面もある。ここに中国の焦りがあり、軍事力強化政策が優先される所以(ゆえん)である。

 しかしこれを英国戦略研究所の年報「ミリタリー・バランス」誌のデータなどを参考に国際比較すると中国の国防費は米に次ぐ第2位で、アジアでは突出している。わが国の防衛予算案は衆議院通過の段階で、昨年比で1・2%増の5・1兆円台であるが、中国の国防予算はわが国の3・3倍となり、また第3位のロシアの国防費の2・5倍でもあった。

 見てきたような事情を踏まえて、中国の国防予算案を二つの視点から検討してみたい。第1に17年国防予算は中国が追求する「強軍建設」の条件を満たすか、本格化する習近平軍事改革の十分な裏付けとなるか、である。中国の軍事改革は、単に情報化戦争に勝つための軍事力の近代化だけではなく、党軍関係の強化や軍規粛正など政治的な狙いも含めた広範で大規模な改革である。

 習主席主導で進められる軍事改革の実態は本欄で既報(16年10月17日付)のように、その真髄は①統合運用の効率化を重視②党が主導性を発揮③「軍委管総、戦区主戦、軍種主建」がキーワード④軍事力建設は「量・規模型から質・機能型」に転換⑤軍民融合の発展戦略の貫徹―などが強調されていた。そして装備の近代化については陸軍の情報化、海軍の遠洋海軍化、空軍の宇宙化と攻防兼備の防空化、統合作戦の指揮運用化、などの改革目標も示されていた。

 その上で15年12月31日に陸軍司令部、ロケット軍、戦略支援部隊の3機関が新編され、16年1月から4総部の解体的な再編が進められた。そして2月1日に7軍区が解体されて5戦区に再編されるなど、1カ月余で大規模な組織改革が断行された。今後はこの大枠の組織改編を踏まえて、個々の実戦レベル部隊の新設・改編や装備の近代化に膨大な資金が必要とされ、1兆元の国防予算でも軍部の増額要求を満たすことは難しかろう。

 有限な国防費の有効活用でも、①新兵器開発の重視、特に2隻目の国産空母の戦力化、次世代ステレス性戦闘機・殲20の開発、さらに多弾頭新型ミサイル・DF41配備などに重点傾斜②戦力の量から質への近代化方針で陸軍の削減を進め、年内に30万兵力削減を遂行③民間力利用の軍事力の強化、特に民間の開発資金と技術の活用を進め、国防資金の国家支出分の節減―などの対策でも軍部には不満が残ろう。

 第2に、国防費の伸び率を昨年の7・5%増に続く本年度の7%前後の増加率に抑制ができたのは習主席の指導力によるものと見られる。国防費の増額動向は党軍間の力関係の妥協の産物でもあり、現に軍重鎮であった●(=登におおざと)小平時代には、1980年代を通じて経済建設を優先する中で逆に国防費を逐年削減していた。しかし江沢民以降の主席は、軍部の要求に迎合せざるを得ず、91年以降は、胡錦濤時代の2010年の7・5%を除き、対前年比で10%以上の2桁増が続いてきた。

 その観点から習主席は権力集中を急ぎ、昨秋には「核心」の地位を獲得して大規模軍事改革を進めながらも2年連続で国防予算増を7%台に抑制して軍権掌握の進展を見せつけてきた。また「第13次経済発展5カ年計画(16~20年)」 では国防・軍隊建設は国の経済・社会発展の大局を踏まえて進める決議があり、経済建設と国防建設の融合が求められている側面も看過できない。

 トランプ政権の対中攻勢が厳しさを増す中で、米中とも国防費の増額に走っており、その不透明性もあってアジア地域安定への影響が注目される。また米国への対抗を追求する中国は軍事改革に力を入れようが、中国が今秋第19回党大会を控えて政治抗争の季節を迎える中で、軍の強力な支持を必要とする習主席はどう対応するか、今後の軍事改革の進展や軍高層人事などからも目が離せない。

(かやはら・いくお)