米映画界を覆う中国の影
米国文化の象徴ともいえる映画界で、中国の影響力が急速に拡大している。中国一の富豪、王健林氏率いる大連万達集団(ワンダ・グループ)が米国の映画館チェーンや映画制作会社を「爆買い」しているのだ。ハリウッドの大手映画会社も、拡大する中国映画市場から排除されるのを恐れ、中国当局に不都合な内容やシーンを変更・削除する「自己検閲」の傾向が強まっている。(ワシントン・早川俊行)
政府に近い企業が「爆買い」
対米情報工作の一環か
中国不動産大手の大連万達集団は、2012年に米映画館チェーン2位のAMCエンターテインメント・ホールディングスを買収。AMCは昨年、同4位カーマイク・シネマズを買収し、AMCは業界トップに立った。これにより、全米600以上の映画館とその8380のスクリーンが中国資本の下に置かれたことになる。
これについて、ワシントンでPR会社を経営するリチャード・バーマン氏は、ワシントン・タイムズ紙に掲載された論評で「万達の王健林会長はAMCの映画館を所有することで、中国映画を米国人に推奨し、米国人に見せたくない映画の視聴を減らすことが可能になる」と強い懸念を示した。
万達は昨年、映画「GODZILLA ゴジラ」などの作品で知られる米映画制作会社レジェンダリー・エンターテインメントや、ゴールデン・グローブ賞授賞式などを手掛けるテレビ制作会社ディック・クラーク・プロダクションズを相次いで買収。米映画業界における万達の「爆買い」はすさまじい。
「政治的視点はない。私はビジネスマンだ」。王会長は昨年10月、ロサンゼルスでのスピーチでこう強調し、映画を通じて米世論を操作しようとする政治的意図を否定した。だが、この発言を額面通り受け止める向きは少ない。なぜなら、王会長は中国共産党指導部と密接なつながりを持つからだ。
ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙が15年に王会長と中国指導部の癒着を暴露した調査記事で、習近平国家主席の姉夫妻や胡錦濤前主席の息子ら、最高幹部の近親者が関与する企業に万達の株式が大量に渡っていたことが発覚。これらの企業が取得した万達の株は、大幅に値上がりしており、例えば、胡前指導部で全国人民代表大会(全人代)常務副委員長だった王兆国氏の息子の企業が07年に50万㌦以下で購入した株は、1000倍以上の6億4000万㌦へと跳ね上がったという。
米ハリウッド、利益優先で「自己検閲」
中国の対外プロパガンダに加担
政府がすべての土地を所有する中国で、万達が不動産開発で急成長できたのは、それだけ政府と密接な関係を築いたからに他ならない。王会長本人も「不動産業は政府の認可に頼っている。このビジネスで政府を無視することは不可能だ」と認めている。
そんな王会長が、政府の意向と無関係に映画業界に進出しているとは考えられない。中国指導部は11年に、中国独自の文化を国際社会に広める「ソフトパワー」戦略の強化を決定するが、NYT紙によると、王会長の動きはこの決定を受けてのものだという。
バーマン氏は、万達による米映画関連企業の買収を「安全保障に対する狡猾な脅威だ」と断言。「世論はポップカルチャーから生まれ、政府の政策は世論によって決定される。中国指導部は米映画産業を支配することで、米国の政策に影響を及ぼせることを理解している」と指摘する。
バーマン氏によると、AMCの映画館では、以前は流されていなかった中国映画が、今は年10本以上上映されているという。王会長は「(AMCの)ボスは中国人だ。映画館でもっと多くの中国映画が上映されるべきだ」と発言しており、AMCを中国映画の対米輸出の拠点と位置付けていることが分かる。
逆に、中国に批判的な米映画は、万達の圧力で上映が阻止されることも考えられる。これについて、アイン・コーカス米バージニア大学助教授は、ワシントン・ポスト紙に「その可能性は大きい」と指摘。バーマン氏も「AMCやカーマイクの映画館では、中国の残虐な人権侵害に焦点を当てた映画が見られなくなる可能性が高い」と予想する。
米議会からも懸念が出ており、16人の下院議員が米政府に書簡を送り、万達による買収が、安全保障上の観点から外国企業による米企業買収を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の対象案件であるかどうか調査を要求。民主党上院トップのチャック・シューマー院内総務も、米政府への書簡で「買収は中国政府の戦略目標を反映しており、十分な審査を受けていないことを懸念する」と主張した。
一方、中国では経済発展に伴い、映画市場も急速に拡大。興行収入で米国を抜き、世界最大の映画市場になるのは時間の問題といわれている。米映画市場が停滞する中、ハリウッドの映画会社は中国への依存度を高めており、14年に大手6社が米国とカナダ以外で稼いだ興行収入の7割以上が中国だった。
言論が統制される中国では、外国映画の公開本数が年間34本に制限(合作映画は除く)され、また、メディアを管理する国家新聞出版ラジオ映画テレビ総局の検閲をパスした映画だけが公開を許される。中国市場にアクセスできなければ、巨額の興行収入を失うことになるため、ハリウッドでは中国の観客を意識した映画作りや、中国のイメージを損ねる内容やシーンを修正・削除する傾向が強まっている。
例えば、12年の映画「レッド・ドーン」は、米国を占領する悪役が中国から北朝鮮に修正された。また、15年の「ピクセル」では、エイリアンが万里の長城に穴を開けるシーンが削除されている。
米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」の報告書は、中国の検閲体制は映画会社に「強力な委縮効果」をもたらしており、「ハリウッドは中国当局が反対しそうな内容を完成前に修正するという自己検閲を始めている」と指摘。中国当局を意識し、自由な表現が脅かされている状況に強い懸念を示した。
ハリウッド映画は当然、米国や日本でも上映されるわけであり、報告書は「中国の検閲は中国の観客だけでなく、米国や世界中の観客にも影響を及ぼしている」と強調。中国に配慮した映画作りをするハリウッドは、中国政府の対外プロパガンダ活動に加担しているといえなくもない。