中国主導AIIBと日本の態度
外交利用なら参加せず
国際秩序に取り込む戦略を
中国主導で創られる予定の「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の創設メンバー候補国に、日本は米国と共に加わらなかったが、これについて「平和と安全を考えるエコノミストの会(EPS、私も理事の一人)」は提言を公表し、麻生財務大臣に手渡した。
AIIBは、アジアに存在する膨大なインフラ投資のニーズに応えて融資を行う国際金融機関として設立される予定で、資本金は1000億㌦(約12兆円)、出資比率や議決権の配分は、アジア域内諸国75%、域外諸国25%で、各域内では各国の経済規模に応じて決まるとされている。この方式では、中国が最大の出資国(恐らく29%)となることは確実で、本部は北京に置かれ、初代総裁ポストも中国が握るとされている。
中国がAIIBの創設に動いた主な理由は、次の4点であろう。
第一に、アジアには膨大なインフラ需要があるが、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などの既存の国際金融機関だけでは、アジアのインフラ需要を満たせないことは明らかである。ADBの推計によれば、2010年からの10年間にアジアのインフラ需要は総額8・3兆㌦(996兆円)、年間750億㌦(約90兆円)と見積もられているが、実際の投資はこのままでははるかに小さいだろう。
第二に、中国をはじめ新興諸国は経済力を高めてきたにも拘(かかわ)らず、既存の国際金融機関では十分な発言権を与えられていない。既存の機関は欧米主導の枠組みであり、新興国がより多くの資本を拠出して発言力を高めようとしても阻まれてきた。例えば、2010年に新興国の発言権強化で合意した国際通貨基金(IMF)改革は、拒否権を持つ米国議会が承認せず、未だに実現していない。既存機関では、インフラ案件や融資基準が先進国の意向で決まりがちであり、融資の決定までに時間がかかり、途上国のニーズに合致しないと考える国も多い。
第三に、世界第2位の経済大国となった中国は、自ら得意とするインフラ開発を通じてアジアの経済発展を主導したいという欲求を持っている。欧米諸国はIMFや世銀を主導し、日本は米国の支持の下でADBを主導しているように、経済力・資金力が高まった中国は、アジアのインフラ開発、経済発展を促進するAIIBを創設し、主導権を持ちたいと考えている。
第四に、国内の経済成長力が鈍化し始めた中国は、インフラ・ビジネスの海外進出、過剰生産物の輸出増大、資源の確保などでアジア全域に活路を求めており、陸と海の「シルクロード構想」もその一環である。このように経済的・政治的にアジアへの影響力を拡大したい中国は、AIIBがその補完的手段として必要だと感じている。
以上、要するにAIIBは、中国が自らの増大しつつある経済力・政治力に見合う形で、かつ多国間の枠組みで、アジアの経済発展を主導しようとする試みである。日本・米国をはじめとする国際社会は、台頭する中国の経済力と意欲を積極的に活用する枠組みを創って、アジアのインフラ構築という国際公共財の建設に役立てることが出来るとすれば、AIIBは歓迎すべき潜在性を持っている。
しかし、その一方で、中国がAIIBを外交政策の手段として使う可能性を否定するわけにはいかない。中国がアジアにおける経済的・政治的な影響力を拡大する手段としてAIIBを利用するのではないか、AIIBの設立を通じて世銀やADBなど既存の国際金融機関の役割に挑戦してくるのではないか、といった懸念が当然国際社会にはある。
従って日本としては、AIIBを国際秩序に取り込むことを、戦略的目標とすべきではないか。その戦術的ポイントは、AIIBのガバナンス、インフラ事業に係わる環境基準や社会基準、融資を受ける途上国の債務の持続性などをチェックすることであろう。
ガバナンスについては、中国の出資比率が29%と圧倒的に高く、融資案件の決定も理事会が本部常設ではないため、総裁の決定権限を強める方向だ。環境、社会基準も明確ではないので、開発地域の環境破壊や人権侵害を防ぐ手立てが不明だ。AIIBからの融資がその国の債務負担能力を超えないよう、世銀やADBからの既存債務と合わせた横断的な分析も要る。これらの点で、中国が自国本位の政策を抑え、国際公共財の提供を重視する行動をとるのであれば、日本は将来のAIIB参加を含め、前記の戦術的ポイントの改善について積極的に協力すべきであろう。しかし、中国がAIIBを自国本位の国際金融機関と位置付けて外交的に利用しようとするのであれば、日本が参加する意味はない。
その場合、日本はADBの融資枠拡大、融資手続き期間の短縮、教育・保健分野への融資比率引き上げなどで、アジア諸国のニーズに一層強く応えていく道を進むべきであろう。
(すずき・よしお)