火山大国・日本の防災対策

濱口 和久拓植大学日本文化研究所客員教授 濱口 和久

富士山の噴火に備えよ

避けられない広範囲な災害

 鹿児島県屋久島町の口永良部島の新岳で5月29日午前、噴火が起きた。気象庁の発表によると、噴火に伴って発生した火砕流は、約2㌔㍍離れた海岸まで到着し、上空9000㍍まで噴煙があがった。

 昨年9月の御嶽山(おんたけさん)の噴火では、多くの登山者の犠牲者がでたが、口永良部島では1人の犠牲者もでなかったことは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 日本列島には110の活火山が存在する。これは世界にある火山の総数1500の約7%にあたる。数字だけでは実感がわかないが、日本の陸地面積(38万平方㌔㍍)は世界の0・1%しかない。「火山密度」という統計があれば、日本の「火山密度」はズバ抜けて高い数字になる。

 現在、箱根山、桜島などでも火山活動の活発な状態が続いている。火山は私たちに美しい景観や温泉などの自然の恵みを与えてくれる一方、つねに噴火という危険とも隣り合わせであることを忘れてはならない。

 日本の火山のなかで、もっとも有名なのは富士山だ。富士山の噴火は、古くは『万葉集』に詠まれ、平安文学を代表する『更科日記』や『竹取物語』にも、富士山の火山活動を描写した文章がある。

 歴史時代になってからの富士山最大の噴火といわれる貞観(じょうがん)6(864)年の「貞観の噴火」については、『日本三代実録』の詳細な記述と地質学的調査によって、噴火の全貌を知ることができるようになった。

 独立行政法人産業技術総合研究所の調査によると、富士山は過去2000年間に溶岩の流れ出す規模の噴火が少なくとも43回あったことがわかった。過去3000年間では、大噴火が7回、中噴火が20回、小噴火が100回以上発生していたことも判明した。単純に計算すると、富士山は約30年に1回の間隔で噴火しているのだ(鎌田浩毅監修『地震と火山』)。

 富士山は宝永4(1707)年の「宝永の噴火」以降は噴火していないが、このとき富士山の火口から100㌔離れている江戸にも、「偏西風に乗って数㌢の火山灰が降り積もり、江戸の町は、日中でも真っ暗になった」という記録が残っている。「宝永の噴火」と同じ規模の噴火が現在の日本で起きれば、江戸時代とは比較にならないほどの甚大な被害がでるに違いない。

 具体的には、東日本と西日本をつなぐ大動脈である東海道新幹線や東名高速道路が遮断され、人の移動や物流にも影響がでる。加えて、上空に飛散した火山灰のため、旅客機も運航ができなくなり、公共交通機関が完全にストップしてしまう恐れがある。アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火(2010年3月)では、欧州内で旅客機が運航停止に追い込まれ、世界の交通網が寸断されたことがあったが、同じことが富士山の噴火でも起こりうる。

 火山灰が精密機器のなかに入り込めば、精密機械工業や電子工業などの企業などは操業停止に追い込まれることにもなるだろう。電気や水道などのライフラインも火山灰の影響によって使用できなくなる。

 溶岩流や火砕流が山麓に押し寄せ、火山灰が広い範囲にまき散らされれば、田畑の農作物にも被害がでる。さらに河川や用水路に流れ込んで洪水や土石流を引き起こす可能性もある。

 降り積もった膨大な火山灰の処理も問題となる。灰が5㌢積もっただけで、都内だけで東京ドーム72杯分になると想定されている。これを誰が集めて、どこに捨てるのか。捨てる場所もなければ、処理する機材も足りない。

 火山灰は喘息(ぜんそく)や気管支炎などの呼吸器に疾患のある人に、深刻な健康被害を与えることにもなる。

 あらゆる分野に大きな被害をもたらすことが予想される富士山の噴火が起きれば、首都直下地震や南海トラフ巨大地震に匹敵する規模の被害がでる。

 内閣府が平成18年にまとめた「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」によると、富士山の噴火による被害総額は1兆2000億円から2兆5000億円にもなると試算している。

 平成13年7月11日、富士山の噴火に備え、内閣府の防災担当が主導し、都県や市町村が参加して「富士山火山防災協議会」が発足した。富士山が噴火した場合、その影響範囲が広域にわたるため、火山噴火の防災対策としてはいままでになかった広範囲の防災対策の検討が始まっている。

 内閣府と富士山火山防災協議会などが中心となって、国土地理院が提供する地図をもとに、富士山のハザードマップ(火山災害予測図)が作製された。そのほかにも目的に応じて、富士山火山防災マップ、観光客用マップ、防災業務用マップなどが作製され、必ず起きる富士山の噴火に備える体制が整備されつつある。

 体制が整備されても、住民一人ひとりの意識が変わらなければ、防災対策は机上の空論となる。日頃の避難訓練や、火山噴火の恐ろしさを教える機会を増やしていくことも、「想定外」が起きた場合でも対応できる富士山の噴火への備えなのだ。

(はまぐち・かずひさ)