過激集団IS「建国」から1年

渥美 堅持東京国際大学名誉教授 渥美 堅持

一大目的失って分散か

遺跡侵略は水を求める逃避行

 昨年の6月末、イスラーム暦9月、断食の最初の日に建国宣言をイスラーム世界に発した「過激集団IS」は、「カリフ制の復活」という目標を掲げながら他宗教徒ばかりか非協力的なイスラーム教徒を惨殺し財産を掠奪(りゃくだつ)するという行動を繰り返し、世界はもとよりイスラーム世界からも大きな非難を浴びるに至っている。特に、世界の非難を浴びるに至ったのは、イラクに在する人類の遺跡とも言える「ニムルドの遺跡」、「ハトラ遺跡」を破壊したことで、怒りは頂点に達した。そして今、シリアの「パルミラの遺跡」をその影響下に置くことによって更なる非難を浴びることになった。

 現在「過激集団IS」は、イラク西北部から西部一帯を占める沙漠地帯のイラク最大のアンバール県からシリア・ダマスカス街道に至るシリア東部に広がる沙漠地帯を影響下に置いた模様であるが、シリアのラッカからイラクのラマディに至るユーフラテス川沿いを中心にその影響力を広げているようである。

 が、これら地域の完全支配を成しているとは言い難い。むしろ影響力を定着しつつあると解釈する方が現状を説明していると言えるだろう。なぜならば彼ら自身、これら地域に住むスンニー派住民の協力なしにその勢力を維持できないのが現状であり、特に水と食糧の確保は欠かすことができない。

 アラブの夏は、とりわけ沙漠地帯では沙漠に住むアラブ人でも耐えられないほどの酷暑であり、外国からの参加者が多いと言われる「過激集団IS」にとってイラク軍、シーア派民兵、そして有志連合よりも恐ろしい相手となっている。今回アンバール州の州都ラマディを影響下に置いたことは、ユーフラテス川の水と交通路の確保という目的を持つものであり、言われているようにバグダード攻略の前進基地確保ではないと思われる。その意味で考えると、シリアの世界遺産「パルミラの遺跡」を影響下に置いたことも、水の確保地オアシスとしての役割を持つパルミラの町確保であり、生きるための選択であったとも思われる。

 もちろんパルミラを影響下に置いた集団も「パルミラ遺跡」の価値を十分に認識していることであろうから、遺跡の破壊、掠奪は考えられる行動である。しかし、ニムルド遺跡、ハトラ遺跡からの略奪品の売買など美術品の資金化は、その認知度の高さや国境封鎖による販路封鎖状態から難しい。このため、「パルミラ遺跡」の掠奪、販売はないかも知れないが、遺跡破壊は十分に考えられる。

 中東に住んでいる者にとっては「パルミラの遺跡」も数多い遺跡の一つにすぎない。紀元前3500年のエジプトのピラミッドから見ると、ローマ帝国時代の遺跡はそれほど古いとは言えなく、また数多くあるという見解を持つ者が多い。それゆえ破壊活動はそれほど抵抗なく行うかも知れないが、パルミラを影響下に置いた集団の指導者が常識の備わった人物であるならば、「パルミラ遺跡」は破壊から逃れ保存されると思われる。また、オアシス・パルミラの住民は僅かばかりの農業収入と観光で生活していることから、遺跡破壊は彼らの反発を招き、食糧、水、医療サービスの確保、協力を仰ぐことは難しく、退路を断たれれば自らの生命の確保も難しくなる。

 いずれにしても、今やイスラームの道義から離れ、単なる破壊、掠奪集団と化したこの過激集団は、これまでの人類の歴史に見るように掠奪の正当性を宗教に置き始めたことは確かであり、既存のイスラーム世界から見ても盗賊団とも言える集団と化し、1年前の「カリフ制復活」という一大目的は失われたと見るべきであろう。

 これまでの過激派と言われた集団は、イスラーム世界の腐敗と崩壊を指摘、批判し、そしてイスラーム再生を願い行動してきた。それゆえ支持者も多かった。だが、同じイスラーム教徒を殺害し、その富を掠奪することは志に反している行動である。そこから出される結論は、この「過激集団IS」は真のイスラーム集団ではなく、様々な掠奪集団が集まった集団であり、今回のラマディ進出も中央からの指示ではなく、イラク、クルド両軍、有志連合の空爆により沙漠に逃れていた集団が水と食糧を求めて背水の陣で試みた侵略であろうと考えられる。すなわち、ラマディ侵略は影響力拡大ではなく「過激集団IS」が分散し始めたとも言える現象であると思われる。

 5月27日、イラクのアバディ首相はラマディ攻撃作戦開始を宣した。町を包囲し、内部住民の抵抗を促し、沙漠に出てきた集団を壊滅する作戦である。このためには住民への密かな援助が必要であるが、北と東側からの接近が効を奏するかどうかにかかっている。

 6月18日はイスラーム暦1436年の9月、ラマダン月(断食月)の開始が宣されるであろうと思われる日であるが、昨年の断食月開始日は「過激集団IS」のバクダディ師が「イスラム国」誕生を宣した日である。本年はどのような声明を出すのか注目されるところであるが、これまでのイスラーム教集団と異なり未だ彼らの「神学論」は発表されていない。もし何らこの件についての発表がなければ、この集団は「盗賊集団」となり、イスラーム世界からの孤立は避けられないであろう。

(あつみ・けんじ)