マイナンバーの導入に思う
情報漏洩防止の徹底を
隔世のグリーンカード騒動
このところ毎日のように「マイナンバー」についての解説がテレビ・新聞・ラジオで報じられている。なんでも今年の10月5日から政府は全国民に「1人に一つ」、12ケタの番号を通知し、来年の1月から「実施」するというあわただしさである。
「マイナンバー」と言われても何のことだかわからない。最初に配られる通知カードには、個人番号のほかに、生年月日・性別・氏名・住所が記入されているだけで、現在通用している住基カードと変わりがない。そのために内閣では「マイナンバー」のあとに(社会保障・税番号制度)と付け加えているが、正式には2年前に成立した「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」によるものであり、その施行期日の政令が今年4月3日に官報に公示された。
この法律によれば、番号の通知を受けた人は、住所地の市町村に通知カードを提出し、希望すれば「個人番号カード」(場合によって写真付き)を無料で発行してもらうことができる。そしてこれを行政機関に提示すれば、住所変更の届け、住民票の受領、年金や諸手当の手続き、健康保険の確認、税金の申告などが簡単になる。ゆくゆくは旅券の交付などにもサービスが拡大されると説明されている。当面は罰則はないので、何もしなくても構わない。しかし、平成28年度分の確定申告の際にはマイナンバーを記入しなければならないし、金融機関に口座を持っている人は平成30年末までにマイナンバー通知を義務付けられることになるだろう。これは当然預貯金や株式配当の名寄せに使われる。
同じような目的で30年前にグリーンカード騒ぎというのがあったことを覚えている方もあるだろう。当時は「クロヨン(964)」という言葉があった。給与生活者は所得の9割が把握されているのに対して自営業者は6割、農林水産業者は4割しか課税対象になっていないという不公平な状態になっているといわれた。もっとすごい「トーゴーサンピン」というのもあった。最後のピンは政治家で、収入の大部分を経費で処理して所得として申告しているのはたったの1割だと噂(うわさ)された。こうして課税をまぬかれた資金は無記名国債とか架空名義の預貯金となっていた。
そのころ、多分大蔵省が公表した1世帯当たりの貯蓄額(住宅ローンの返済額と長期生命保険の掛け金を含む)は、我が家の貯金総額の3倍以上だった。私は会社でも古参の高給取りであり、そのほかに原稿料や講演報酬等の収入があって、例年多額納税者のリストに載っていた。ということは多数の大金持ちが匿名の預貯金を数百万円単位の口座に分けて合法的に脱税していたことを意味する。年間の利息が6%もあったためにタンス預金にしておくわけにはいかなかったのだろう。それらを名寄せして正確に把握すれば一般の減税も可能という政府税調の宣伝が浸透して、1978年3月に「少額貯蓄税等利用者カード」(いわゆるグリーンカード)の導入が決まり、埼玉県に大きなグリーンカードセンターの建物も完成した。
ところがここで大反対運動が発生した。驚いたことにその声を上げたのは、一カ月分の収入程度の預貯金しか持っていない人たちだった。「資産をお上に知られるのは嫌だ」という理由だった。裕福な政治家はもちろん心の中では反対だったに違いない。そこで民社党の春日一幸委員長が音頭をとって法律を廃止に追い込み、グリーンカードは日の目を見ることなく消滅した。
その直後に私は会社を退職してアメリカに留学した。スチューデント・ヴィザでアメリカに入国すると同時に「ソーシャル・セキュリティ・ナンバー」を要求された。
本来社会保障のための番号が、居住証明、学費納入証明書、自動車運転免許の確認など生活のすべてに使われていた。番号そのものは秘密でも何でもない。
わが国で今度導入されるマイナンバーは基本的に秘密であり、本人確認の場合でも、関係者はカードの裏に記載してある番号を見たり、ましてやその番号を書き取ったりしてはならないことになっているらしい。
国民総背番号制度は世界中のほとんどの国で行われている。もっとも徹底しているのはアイスランドで、出生と同時に番号が付与され、遺伝情報から病歴のすべてのカルテ、学校の成績、職歴までICカードに収録されている。万一交通事故などにあうと、救急車から目的の病院に情報が送られ、すぐに治療の準備が整えられる。
前回住基カードでは、情報の一元化に反対するグループが情報漏れの恐れを強く警告した。けれどもそのような事故はなかった。マイカードにも医師会や弁護士会が反対の意思表示をしている。国民に利用する気持ちがなければ、マイカードは身分証明書にとどまるだろう。大事なことはカードの中にある個別情報の漏洩(ろうえい)防止を徹底することである。
(おおくら・ゆうのすけ)