末期症状にある金正恩政権
諫言した幹部次々銃殺
兄は英国へコンサート観光
この国から伝えられてくる情報には唖然(あぜん)、愕然(がくぜん)とするものが多い。金正恩が北朝鮮の政権の座について4年になるが、この間に70人以上の軍や党の幹部を銃殺・処刑しており、4月末には玄永哲人民武力相が見せしめとして数百人が見守るなか、高射機関銃で公開処刑されたという(この原稿は玄永哲人民武力相が処刑されたという情報を前提に書いている)。
しかも、処刑後には「反逆者は埋める場所もない」として、火炎放射器で遺体を焼き尽くし、跡形もなくなるようにしたという。遺体を焼き尽くすのは「血脈を絶つ」という朝鮮民族最大の屈辱を与えるためである。同じように、朝鮮人は約束事を誓うとき、「万が一約束を守らなかったら、自分の姓を変えてもいい」とまで言い切るそうだが(今ではそんなことを言う朝鮮人はいないだろうが)……。
残忍・非道な処刑であるが、その理由は、玄永哲が金正恩への不満を示し、数回にわたり指示に従わなかったほか、金正恩が出席した軍の行事で居眠りをしたためというが、これだけの理由で朝鮮人民軍の最高幹部を銃殺できるはずはない。確かに金正恩は朝鮮人民軍の最高司令官ではあるが、軍隊での経験はなく、徒(いたずら)に軍の最高幹部を粛清できるはずもない。玄永哲は金正恩体制になってから4番目の人民武力相であるばかりでなく、金正恩の側近の一人とされ、北朝鮮の対ロシア窓口とされ、昨年11月にはプーチン大統領、今年4月には国防相ショイグとそれぞれロシアで会談している、軍のナンバー2の地位にあった。
処刑された真の理由は玄永哲がロシアを訪問した際、5月9日にモスクワで行われた対独戦勝70周年記念軍事パレードに金正恩も出席する予定であったが、「軍事パレードを閲兵する序列が、プーチン大統領の隣は習近平(中国国家主席)で、金正恩は離れた序列に置かれた」ことと「経済援助や地対空ミサイルなどの武器の購入が思うようにいかなかったこと」のようだ。
金正恩は自分の言うことを聞かなかったと言って、軍の長老格もいとも簡単に粛清している。朝鮮人民軍の序列10位に当たり朝鮮人民軍総参謀部作戦局長のビョン・インソンが、金正恩から「北朝鮮内で中国の武器輸入などを担当する北・中軍事協力担当者数人を交代するように」との命令を受けたが、「中国との関係を考慮すると、そのようなことをしてはいけません」と直言(反論)したことに激怒した金正恩は直ちに粛清を命じたというのである。
これでは金正恩に諫言(かんげん)する者がいなくなり、巧言で与(くみ)する側近だけになってしまい、体制の崩壊を招くだけである。金正恩政権による相次ぐ粛清で、北朝鮮の軍や党の幹部は「次はわが身か」と恐怖政治に戦いており、特に韓国の李明博前大統領の自叙伝『大統領の時間』で明らかにされた金養建書記は深刻だ。同書記は韓国の閣僚と接触した際、「手ぶらで帰れば死ぬ」として、南北首脳会談の条件として韓国が「トウモロコシ10万㌧、コメ40万㌧、肥料30万㌧や100億㌦を提供する」という合意書を提示したという。
北朝鮮にとって韓国は敵国である。その敵国に北朝鮮の幹部が「コメと肥料など相当量の経済支援」を前提条件に泣き落としで訴えたのである。
金正恩よ、これは「弱者の恫喝(どうかつ)」ならぬ「貧者の物乞い」以外のなにものでもないじゃないか。何が「偉大な将軍様」だ、「偉大な指導者」と言わせるのか。「無能力な恥知らずの独裁者」にしか過ぎないではないか。
さらに北朝鮮は5月中旬から6月にかけては田植えのシーズンである。この時期になると北朝鮮のメディアは「ターモネギチョントゥロ(皆が田植え戦闘に参加を)」と呼びかけ、学生や労働者ばかりでなく、公務員、軍人までもが田植えに動員される。このような時に、金正恩の兄である金正哲が5月21日にロンドンに愛人と警護員を同伴して現れた。目的はエリック・クラプトンのコンサートを観覧するためであったが、人民には農村に行って田植えを手伝うようにと強制的に動員させておきながら、自分の兄には豪華な海外旅行をさせているのである。
5月27日号の『労働新聞』3面には「田植え戦闘は党の思想貫徹戦争、党政策擁衛戦だ、総突撃、進め!」という記事が大書されており、その中には「田植えを適期に、質的に終えよう」というスローガンもある。日焼けした農民たちの前で煽動(せんどう)員が盛んにスピーカーで「皆さん、田植えに励みましょう」とがなりたてている。金正恩は馬息嶺に人民の娯楽施設としてスキー場を造らせたが、動員された軍人たちが炎天下でほとんど手作業で建設工事にあたっていたが、その時に金正恩は特閣(別荘)で悠悠自適な生活をしていたのである。
金正哲のエリック・クラプトンのコンサート観覧は3回目になるが、この外遊費用は一体どこから出ているのか。パフォーマンスでもいいから金正哲とその愛人たちを田植えに動員させるべきではなかったのではないか。粛清による恐怖政治は国力の発展をもたらすことはない。もはやこの政権は末期症状である。(敬称略)
(みやつか・としお)