中国の根深い対沖縄戦略

元統幕議長 杉山 蕃

米軍撤退・属国化に狙い
国際的アピール加速は必至

杉山 蕃

元統幕議長 杉山 蕃

 ここ数年、中国の戦略学者、軍学者の琉球問題、就中(なかんずく)琉球独立に関する文献が増加の一途を辿(たど)っているという。我が国一般紙では、中国が沖縄の日本統治に疑義を呈し始めた程度の報道がなされ、比較的軽い取り扱いであるが、中国の主張は「本来、琉球は中国へ冊封を行っていた属国であり、琉球は中国領土である」とする根深いものであり、中国の膨張政策の一環としての戦略的視点を認識しなければならないと考えることから、私見を披露したい。

高まる位置的な重要性

 まず沖縄の位置的重要性については、極めて重要なものであることは論をまたない。九州南端から台湾東北端に至る南西諸島は、東シナ海を遮る形で連続し、国際海峡が少なく、戦略上、貴重な存在である。特に沖縄は三山時代、交易中継点として栄えたように、帆船時代からその存在は貴重なものであった。そして太平洋戦争後、米軍の東アジア戦略の中核と位置付けられ、中国内戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争等を通じ、現秩序の確立・維持に果たしてきた役割は強大なもので、周辺国はその恩恵を味わってきたのである。この環境は、中国の軍事力拡張、外洋進出への欲望が顕著になった現今、ますますその重要性を高めつつある。

 現在、中国艦隊および軍用機の大洋へのアクセスは、沖縄宮古水峡およびバシー海峡しかなく、周辺国の警戒監視の中、窮屈な航行を行っている。このような中で、沖縄の基地問題、駐留米軍撤退要求の動きは中国にとって「渡りに船」の好状況で、昨年の沖縄知事選直後、中国紙は「百万の県民が駐留米軍の撤退を要求した」として宣伝。今後も各種の声援支援を行い、国際的なアピールを盛んにすることが容易に推察できる。

 中国の主張の一つの焦点が、沖縄は本来中国領であるとして、国際社会に対し沖縄管轄権について再提議する動きにあることである。内容的には、沖縄の管轄を日本に明け渡した下関条約は、日中戦争中の1941年、中国政府により廃除されており、沖縄は日清戦争以前の状態すなわち中国の冊封下にある属国であり、太平洋戦争後の管轄を定めたサンフランシスコ条約は、その視点がなく国際的に見て欠陥あるいは違法であるとする。もちろん、その後の沖縄返還で米国が日本に管轄を移譲したのも国際法違反とする。

 実に自己本位な主張であるが、得意の論戦に持ち込み、将来にわたる交渉の中で、支えになればこれに越したことはないとの判断なのであろう。当然、我が国として外務省は「受け入れられない。抗議する」と反論しているが、中国報道官は「日本の交渉・抗議は受け付けない」とにべもない。おそらくは、さらなる論文、報道を加速し、有利な状況を作り出そうとするものと覚悟すべきであろう。

 すなわち、中国の根深い魂胆は、拡大を続ける中国軍にとって、喉元を制する形の在沖縄米軍の地位を危うくさせ、沖縄の基地反対運動を助長して、米軍縮小・撤退を図り、長期的には沖縄の独立・属国化を期すると見るべきである。

 我が国の取るべき方策について考える。沖縄の地理的・軍事的重要性が今後ますます重大となる事態に鑑み、二つの方向を提示したい。一つは現在の日米同盟を機軸とした現体制下、適切な軍事力の配備により、沖縄を中心とした南西方面の軍事的安定を堅持していくことである。これは、現在の日米両国の防衛方針に近いものである。中国の比較的手薄とされた海軍力の拡大強化は異常なものであるが、まだ造成途上であり、問題点も多々抱えている。よくその趨勢(すうせい)を掌握しながら、軍事力の傾斜による不安定化は避ける努力が必要である。

地域振興へ特別施策を

 第二点は沖縄県全体に対する国家施策の振興である。昭和47年、沖縄復帰に際し「核抜き、本土並み」が目標であった。核については解決されたものの、本土並みについては捗(はかど)っていないのが所感である。各県別の富裕度の調査では、沖縄県は常に下位に甘んじている。他方、沖縄県人の活躍は、スポーツ、芸能を筆頭に素晴らしいものがあり、社会大衆に溶け込んでいる感がする。政府としては、沖縄の大きな基地負担に応えるためにも、観光・環境・教育・育児・学術等の各方面で、特別の施策を講じ、沖縄が住みやすい、国民が憧れる地域社会となる努力を行わなければならない。沖縄の人たちも、今、香港が体験している苦境をよく観察し、中国の魂胆を承知し、深い思慮に立ってほしいと考えている。

(すぎやま・しげる)