米大統領選、危うい選挙戦略
アメリカ保守論壇 M・ティーセン
トランプ氏、好景気強調
再選阻止目指すバイデン氏
トランプ大統領は、ニューハンプシャー州で新たな選挙演説を披露した。「私を好きであろうと、嫌いであろうと、私に投票しなければならない」。強い経済を引き合いに出しながら、「(私が負ければ)401Kもすべて水の泡になってしまう」だから、「ほかに選択肢はない」と有権者を前に語った。演説後には、ローリングストーンズの「欲しいものがいつも手に入るわけじゃない。でも、探せば見つかるかもしれない。欲しかったものが手に入るはずだ」と歌う曲を流す念の入れようだ。
それほど遠くないナシュアでも、バイデン陣営が同じようなメッセージを発した。夫人のジル・バイデン氏が、民主党予備選有権者らに「ここにいる皆が、夫を支持してくれているわけではないことは分かっている。それは尊重する。よく分からないけれども、医療保険に関して私の夫ジョーよりもっといい考えを持っている候補者を支持しているのかもしれない。選挙は誰かが勝つことになる。とにかくその結果を受け入れ、『まあ、個人的にはもっといい候補がいるんだけど』と言うのかもしれない。しかし、重要なのは、トランプ氏に勝たなければならないということだ」と訴えた。
言い換えれば、「ジョーが好きで嫌いでも、ジョーに投票するしかない」ということだ。
◇熱狂的な支持基盤
トランプ、バイデン両氏は、似たようなメッセージを発しているが、決定的な違いがある。それは、トランプ氏が、無党派の浮動票に向かって発しているのに対し、バイデン氏は、自身の支持基盤に向かって発しているということだ。
ニューヨーク・タイムズ紙は、バイデン氏は、世論調査で圧倒的にリードしているにもかかわらず、熱狂的な支持はあまりないという問題を抱えていると報じた。「(民主党のウォーレン上院議員と無党派のサンダース上院議員への)支持は、その考え方への熱狂的な支持が根底にある」。バイデン氏が支持されているのは、トランプ氏に勝てる可能性が最も高い候補と思われているからだ。
モンマス大学世論調査研究所のパトリック・マレー所長はタイムズ紙に、アイオワ州に最近行ったが、「バイデン氏に投票することを強く望んでいるバイデン支持者には一人も出会わなかった」と述べている。有権者らが、中道派のバイデン氏に投票しようと思っているのは、本選で勝てないと思う左派の候補者が指名を獲得しないようにするためだ。
対立候補に勝つことを目指して出馬した場合、一度大失敗をしたり、討論会でつまずいたりすれば、支持は崩れてしまうというリスクがある。
バイデン氏が民主党の指名を何とか獲得したとしても、政策が支持されたわけではなく、現職大統領を追い落とすことだけを目指して選挙戦を戦うことになり、これは勝てる戦略とは言えない。ミット・ロムニー氏に聞いてみれば分かる。
それに対してトランプ氏は、強固で、熱狂的な支持基盤を持っている。共和党内の支持率は常にほぼ90%を誇る。オバマ前大統領が現職だった2011年時点の民主党内の支持は、ギャラップ社によると、わずか75%だった。トランプ氏のこの支持基盤には、バイデン氏が抱えるような戦略上のリスクはないが、16年にトランプ氏を勝利に導いた浮動票にはこのリスクがある。
ニュースサイト「アクシオス」によると、「(16年に)トランプ氏に投票した有権者の20%は出口調査で、トランプは嫌いと答えた」。これらの嫌々トランプ氏に投票した有権者のおかげでトランプ氏は勝利し、20年大統領選でもこれらの有権者は重要な役割を担う。
だが、ほかの多くの米国民と同様、トランプ政権が招く混乱にはうんざりしている。バイデン氏のメッセージは、これらの有権者に直接向けられたものだ。これは、00年の大統領選でジョージ・W・ブッシュ氏が、クリントン政権下で混乱した大統領執務室に「名誉と威信」を取り戻すと誓ったことを想起させる。
◇経済的な実績評価
しかし、トランプ氏に嫌気がさしていても、これらの有権者の多くは、トランプ氏の経済的な実績は評価している。市場はこのところ動揺しているが、米経済は依然強い。トランプ政権下で、失業率は過去50年で最低、経済が抱える最大の問題は、求職者よりも、求人の方が160万人多いことだ。大不況から10年、賃金はようやく上昇し、経済の最下層の人々が最大の恩恵を受けている。
問題は、これらのトランプ氏を嫌々支持した有権者を取り込む努力をトランプ氏がほとんどしていないことだ。前回トランプ氏に投票せず、その政策の恩恵を受けた国民に訴え掛けても、それほど支持基盤は拡大しない。完全雇用の経済下で再選を求める大統領は、敗北しないはずだとトランプ氏は考えている。だが、経済が急降下すれば、これらの有権者がトランプ氏に投票することはない。
バイデン、トランプ両氏は有権者に、誰を選ぶかを考えさせるのでなく、どちらかを選ばせる最後通告を突き付けている。対立候補への拒否に基づく選挙戦略が危ういことに両候補はいずれ気付くかもしれない。
(8月30日)