限界にきたトランプ流外交
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
敵を敬い、味方を軽侮
ロシア擁護に信奉者も失望
トランプ米大統領がプーチン露大統領との記者会見で自国の諜報(ちょうほう)機関よりプーチン大統領を信頼するかのような発言をし、大きな波紋を呼んでいる。直前の北大西洋条約機構(NATO)首脳会談で同盟国をまるで憎き敵扱いし、欧州連合(EU)など同盟国に高い関税を課す一方、他国に介入する独裁的指導者を尊敬する友のように扱うトランプ流外交は大きな衝撃をもたらしているが、トランプ大統領にとっても思わぬ躓(つまづ)きとなっている。
トランプ大統領は大統領就任前からNATOの価値を認めない発言を繰り返していた。首脳会談を前に加盟各国の多くが防衛費を最低、国内総生産(GDP)比2%にするという目標を達成していないことを激しく追及し、「欧州加盟国が約束を守らないのであれば、アメリカは独自の道を歩む」とNATO離脱まで脅しの材料としてかざした。
首脳会談の場では、予定された議題を無視し、他国の防衛費やNATOへの貢献度が低過ぎると責め立て、特にメルケル独首相に対しては「ドイツはロシアのノードストリームを支援し、エネルギーをロシアに依存、『ロシアの捕虜』になっている」と、一国の指導者として同等の立場にある人物をいたぶるような物言いをした。
その後の訪英を前に「メイ英首相はブレグジット交渉をめちゃくちゃにした」「それに比べボリス・ジョンソン(当時外相)は才能豊かで素晴らしい首相になる」と英国のタブロイド紙のインタビューで述べ、ただでさえ国内で苦しい立場にある同盟国の指導者の失脚を望むかのようだった。
英国からプーチン大統領との会談に向かう間には、「誰がアメリカの敵か」と問われ、「まずはEU、貿易面で敵」と答え、欧州各国をはじめ世界を驚かせた。
それに比べプーチン大統領に対しては敬意を払うかのような姿勢であった。会談前に2人で記者団に姿を見せた際には、明らかにトランプ大統領が気を遣い、プーチン大統領は実寸はトランプ大統領より低いものの、まるで見下ろすかのような態度であった。
そして通訳以外は2人だけの会談後の記者会見。2016年の米大統領選挙へのロシアの介入に関し、APの記者が「アメリカの諜報機関とプーチン大統領のどちらを信じるか」と単刀直入に質問した。これに対しトランプ大統領は、「プーチン大統領はロシアではないと言った。私が思うにロシアである理由はない。双方を信じている。われわれの諜報機関の人々を深く信用している。しかし今日プーチン大統領はそうしたことはない、と非常に強く、強硬に否定した」と、ロシア大統領を信じる発言をした。
民主党ばかりでなく、諜報機関のトップ、共和党内の支持者たちからの非難の激しさに、「『ロシアでない理由はない』と言おうとしたが言い間違えた」と釈明した。が、その翌日には「ロシアはもう脅威ではない」とも述べ、コーツ国家情報長官らの「ロシアは引き続きアメリカの政治制度に介入を図っている」との警告に真っ向から反対する発言もしている。
自国の全諜報機関よりプーチン大統領をまるで盲目的に信じるような発言には、さすがに共和党や保守メディアの中からも非難の声が上がった。トランプ大統領お抱えと見なされるフォックス・アンド・フレンズ番組の司会者たち、さらには熱心な支持者であるギングリッジ元共和党下院議長にも批判されたため発言訂正に至ったとされる。
何があってもトランプ大統領を支持してきた「トランプ信奉者」の中からもさすがに失望の声が聞こえる。国民の7割が米諜報機関のロシアによる内政介入分析を信じ、議会はロシアに対する経済制裁の強化や議会の承認なしにNATOからの離脱を禁じる法制定を検討している。
一方、貿易上「敵」とされたEUは、トランプ大統領の課す関税に対抗し、ハーレーダビッドソン、ピーナツバターなどの農業製品、バーボンウイスキーなどトランプ支持者の集中する地区の製品を狙い高関税を課した。中国が同様の手法を取っていることもあり、狙われた地区の被害は深刻になりだした。トランプ政権はとうとう被害を受けだした農家に120億㌦の補助金を出すと発表した。
トランプ大統領は米露サミットは大成功と思っていたと報道されている。しかし思わぬ批判の厳しさに早々に再度サミットを行い、プーチン大統領の前で弱かった、屈辱的だったなどとの批判を覆そうとしたが、側近たちにより来年まで延期するよう説得されたもようである。
トランプ大統領は「ニューヨーク五番街で誰かを撃っても支持者は絶対離れない」と言い切ってきた。確かに熱狂的支持者のトランプ信奉は揺らいでいない。しかし、自国の諜報機関よりプーチン大統領を信用する発言は支持者たちも揺るがし、次回サミットは延期。議会のロシアに対する姿勢はより厳しく、同盟組織の重要性が確認されている。同盟国の製品に対する関税はブーメランのごとく支持者たちの生活を脅かし、EU攻撃は控えざるを得なくなった。敵に甘く、味方をないがしろにするトランプ流外交はさすがに軌道修正が図られている。
(かせ・みき)






