気仙川・広田湾の「森川海と人」

小松 正之東京財団上席研究員 小松 正之

植林で漁業資源回復へ
米チェサピーク湾から学ぶ

 岩手県の最南端の広田湾と米国東海岸にあるチェサピーク湾を比較するとその大きさと広さは歴然と異なる。チェサピーク湾が大きい。広田湾は北緯38度58分、東経141度39分であり、チェサピーク湾は39度33分、西経75度57分に位置する。緯度的にはほぼ同位置に所在する。

 前者の面積は約30平方キロメートルで、後者は1万1603平方キロメートルであり、約400倍もある。その面積が2万3200平方キロメートルの瀬戸内海の半分もある巨大な湾である。しかし広田湾が唯一勝るのが深さで平均約50~60メートル、後者は6・4メートルである。また、塩分濃度が広田湾では海水と同じ34パーミル(1000分の1)で、チェサピーク湾は淡水と同じ濃度の所もある一方、湾口近くは30パーミルと海水とほぼ同じである。

 流入河川は前者が気仙川と小さな川が7本に対し、後者はサスケハナ川、ポトマック川など12本の巨大な大型河川と150本の中型河川と10万本の小川がある。湾の奥行きが広田湾はたったの9キロだが、チェサピーク湾は322キロで、東京から仙台までの距離がある。

 森川海の研究の必要性は、長い間叫ばれている。日本でも森に木を植える運動があり、魚付き林の重要性を訴える話が各地に残る。私の水産庁勤務時代も、林野庁、環境庁と水産庁の共同で「森川海」の調査研究が行われたが、本質的な研究と調査が行われていたかは疑問だ。水産庁と農林水産省資料には各地で植林の活動が行われ、その地点が全国マップとして表示されてはいたが、その植林の規模、植種と、植林によって、川の水質、流量と栄養状態の変化と環境や生態系の回復への評価や分析はなかった。

 日本で学ぶより、世界各地の取り組みを学ぼうと私は、2009年から世界を回りだした。米国カリフォルニア州のモントレー水族館を訪れた。この地は大量にマイワシを乱獲し、ラッコの取り過ぎで、ウニが異常繁殖し、ジャイアント・ケルプ(30メートルに及ぶ巨大海藻)も減少した。しかし再生を果たした。また、日本列島に匹敵する長さのサンゴ礁の豪州のグレートバリアリーフ(大保礁)に出掛けた。豪大陸からの汚染水や、畜産物の排水と森林からの栄養の効果と大保礁との関係の研究を勉強したかった。

 ところで、日本国内のどこかで基本的な調査研究を始める必要があった。

 私の田舎は、岩手県陸前高田市である。森川海のプロジェクトもわが国の典型的な片田舎であり80%の山と森林に囲まれて、三陸海岸でも湾の広さが最大規模の海の幸に恵まれる陸前高田市と住田町の気仙川と広田湾地域からと考えた。そこには私の土地勘もあり、人脈もあった。これは大きな強みであった。

 15年から、基礎的な情報を集積するプロジェクトを開始し、それからより具体的にスミソニアン環境研究所やモントレー水族館にも相談した。

 そして、種山高原、五葉山、気仙川の上流と大股川、矢作川と広田湾をめぐり、地道に観測しデータを集積した。また、陸前高田の復興、12・5メートルで2キロに及ぶ堤防、高田平野と海岸域の古川沼を回って、2年間基本的な情報を得た。極めて地道で単純な作業であるが、このような調査研究をほとんど誰も行っていない。現在3年目だ。

 国連食糧農業機関(FAO)や林業が盛んなカナダ・ブリティッシュ・コロンビア州のなどの世界の専門家と協議し、日本の大学研究者を訪ね、このプロジェクトが重要であることを確信し、難しさも認識した。何より基本的情報を提供する他の地域のモデルとなり得る、的を射たものであるとの確信である。

 ところで、最近の日本近海の漁業資源の急激な減少と海洋の変化は、陸上での針葉樹の植林、森林の破壊と河川敷や河岸堤防の建設と河口堰の建設などに大きく影響を受けている。その結果、海洋と沿岸域の藻場や干潟を失い、流入栄養分が減少し生産力と環境回復力が落ちた。

 16年には気仙川・広田湾にサケがピークの3分の1しか回帰しない。魚体は小型化し卵数も卵巣サイズも減少・縮小した。イサダが減少し餌を失ったカツオの回遊も3分の1程度である。スルメイカも、オキアミ、アワビも昆布も減った。

 米国の東海岸のチェサピーク湾や西のシアトルのピュージェット湾の研究成果では、沿岸の干潟や湿地帯での堤防建設で、魚類生息の減少が証明されている。減災や防災に人工物でなく、自然の植物や砕石が役立つとの実験結果も、米国の東海岸にありチェサピーク湾に面するスミソニアン環境研究所は持っている。

 6月19日から28日まで、「森川海と人」の世界有数の研究機関であるそのスミソニアン環境研究所のハインズ所長を迎えて、24日岩手県住田町、25日大船渡市、26日陸前高田市で国際シンポジウムを開催する。現地視察も予定しており、現地事情を視察した上で、大局的で科学的なアドバイスを得られることを期待している。

(こまつ・まさゆき)