アジア系ヘイト急増する米国
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
見え隠れする妬み、怒り
日本は差別と闘う姿勢を示せ
アジア人やアジア系アメリカ人と太平洋諸島民(AAPI)に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が急増している。新型コロナウイルスが中国で発症し、それがアメリカにも広がったことでアジア系住民一般への差別的発言や暴力行為が増えたのは間違いないが、アジア人への偏見や差別は長く、根深く感情も愛憎入り乱れている。
差別の歴史19世紀から
中国人労働者は、大陸横断鉄道建設に欠かせなかった。しかし1871年にはロサンゼルスで中国人19人が虐殺され、75年には米国初の入国制限法として実質中国人女性の入国を禁じる法が、82年には中国人労働者の移住を禁じる中国人排斥法が制定された。
第2次世界大戦中には12万人もの日本人や日系アメリカ人が強制収容されたが、その60%がアメリカ国籍だった。同じ敵国系でもドイツやイタリア系アメリカ人の待遇ははるかに良かった。ベトナム戦争時にはベトナム難民が差別を受けた。1980年代の日本のバブル期には、アメリカの対日貿易赤字が膨張し、日本バッシングが横行、米議員が東芝製品を破壊するパフォーマンスをし、日本人と誤解された中国系アメリカ人がデトロイトの自動車工場労働者に殺害される悲劇も起きた。
しかし、日本のイメージは今はるかに良い。菅首相訪米前のギャラップ社の調査では84%のアメリカ人が日本に対し非常に、あるいはおおむね好意を抱いている、と回答した。日本が経済的脅威でなくなったのと同時に食からアニメ、スポーツまでジャパニーズがアメリカの一部になり、尊敬や憧れの対象ともなったからだろう。
一方、中国に好感を抱くのは2割であった。一時の日本に対してと同じく、経済や技術革新面での成功が妬(ねた)みや警戒心を生んでいる。しかし中国の場合、軍事力増強、近隣諸国や台湾への圧力、領土権の一方的な主張、反自由民主主義的な言動が怒りに加え恐怖も生んでいる。
またアジア人やアジア系アメリカ人の高学歴や最先端企業への高就職率が妬みも招いている。大学卒以上の資格を持つAAPIは56%と白人の35%、黒人の25%をはるかに上回っている(2018年)。主要IT企業GAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾン)やマイクロソフトなど国際競争に不可欠で高収益を上げるハイテク企業では多くのアジア人やアジア系アメリカ人が働く。その割合はフェースブックでは44・4%、グーグルでは41・9%と非常に高い(20年)。
アジア系アメリカ人への差別の歴史が対黒人同様長いにもかかわらず、これまであまり語られてこなかった。理由は幾つかあるだろう。アジア系アメリカ人は5・6%、太平洋諸島民は0・2%(19年)と人口比で非常に少ない。そのため各種統計で注目されない。例えば大統領選挙では白人や黒人、ヒスパニックの投票動向が細かく分析されるが、アジア系は「その他」に入ったり、見落とされたりすることが多い。
またアジア系住民はいじめや攻撃を避けるために頭を下げて暮らし、それぞれの人種でまとまり、他の人種や言語を話す人々となかなか交わらない。黒人指導者キング牧師のようなリーダーの不在もあり、AAPIが結束して抗議運動をすることも、これまではなかった。
先月、黒人男性ジョージ・フロイド氏を死に至らせたとして、白人警官に有罪判決が下った。繰り返されてきた白人警官による不当な黒人殺害で初めてのことであった。画期的結果は、長年の抗議活動で差別が広く知られていたところに、ブラック・ライブス・マター運動が大規模に、かつ継続したことでもたらされた。大企業も差別主義と見られるのを恐れ、支援に回った。
中国の言動、憎しみ助長
肌の色や宗教、民族の違いなど異質なものへは誰でも拒絶感や恐怖がある。ましてやその人々が成功を収めていると妬みが増す。それに加え中国の非民主主義的な言動や覇権主義、そして新型コロナによる閉塞(へいそく)感が「アジア」と見える人々への憎しみに拍車を掛けている。
日本はアメリカで一番好かれているアジアの国である。しかし、アメリカ人の目からは個別のアジア人の区別はつかず日本人も暴力の犠牲になっている。在米日本人や日系人がアメリカ社会の一員となる努力をするとともに差別に対し声を上げなくてはならない。また日本がアメリカと価値観を共有する本当の仲間となるには、中国の人権侵害にもはっきりと立ち向かい、あらゆる差別に対し行動する姿勢を示すのも重要である。
(かせ・みき)











