米民主党期待の新星AOC

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

党動かす影響力と注目度
トランプ氏再選には追い風?

加瀬 みき

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 彗星(すいせい)のごとく現れた米下院議会最年少女性議員アレクサンドラ・オカシオコルテスがアメリカ政治に新たなうねりを起こしている。ミレニアム世代を中心に熱狂的な支持を得るようになっているが、ドナルド・トランプ(米大統領)にうまく利用され、大統領再選の追い風になるかもしれない。

 今やAOCという頭文字で知られるようになったオカシオコルテスは弱冠29歳。一昨年11月まではバーテンダーなどをしていた。両親はプエルトリコ出身。黒髪、茶色の肌の美人である。

 昨年の中間選挙、ブロンクスやクイーンズの一部を含むニューヨーク第14選挙区の予備選で10期下院議員を務め、民主党幹部会の一員でもあったジョー・クローリーを破り、一躍注目を浴びるようになった。同中間選挙は女性の年といわれるほどに女性議員の数が増えたが、AOCはワシントンに乗り込むや民主党の政策の基軸を動かし、圧倒的な注目を浴びている。

 AOCは2016年の大統領選挙ではバーニー・サンダースの選挙活動を支援し、同氏の流れを汲(く)んでいる。サンダースは16年には民主党予備選で最後までヒラリー・クリントンと戦った1960年代の社会活動家がそのまま年を重ねたような人物である。サンダースは再び大統領選への立候補を明らかにしているが、なぜそのような人物が若者の支持を得続けるのか。社会主義の民主主義への脅威や経済政策の欠陥を知らない若者が、人の良さそうなおじさんに乗せられていると一蹴する人々もいたが、まじめに、必死に働くも恩恵を得られない、いわば労働者階級のために億万長者たちと戦う、というメッセージが多くを魅了し続けるのも間違いない。

 サンダースの大きな弱点は当初知名度でクリントンにはるかに劣ったことであった。しかしAOCにはその点、問題はない。マイノリティーで若い女性というだけで注目されるだけではない。年齢や政治経験を問うことが無意味となった時代、フェイスブックやインスタグラムなどネットメディアの活用であっと言わせるメッセージを巧妙に伝えれば、知名度、影響力ともに跳ね上がる。

 アメリカの政治家のうち、頭文字で知られるほどの人物はわずかしかいない。戦時中の大統領FDR(フランクリン・D・ルーズベルト)とJFK(ジョン・F・ケネディ)くらいだろう。議員になってわずか1カ月でAOCという頭文字が知れ渡るようになったのは、オカシオコルテスの名が長いからだけではない。民主党を動かし、ワシントンの政治議論の中心となる、恐るべき影響力と注目度の結果である。

 AOCは2月、上院議員エド・マーキーと共に民主党のグリーン・ニューディール構想を発表した。経済恐慌を克服するためのFDRのニューディールの頭にグリーンを付けた提案は経済的不平等を打破しながら環境保護に力を入れるというものである。

 弊害も多い原子力発電などの「クリーン・エナジー」ではなく、風力、水力、ソーラー・エネルギーを推奨、放射性廃棄物を生むことなく、温室効果ガス排出量を大幅に削減することを狙っている。国民皆保険、職の保証、高等教育の無料化を提案。多くのアメリカ人が所得の不平等、社会・経済モビリティーの欠如、行き届かない医療保険や住居、空気汚染、人種差別などに苦しんでいると訴えている。

 AOCやその支持者は、社会・経済は権力者・富裕層に捻(ね)じ曲げられ、政府規制や官僚や大企業は庶民の利益を支えておらず、富も権力も広く一般市民に再配分されるべきだとしている。環境保護のために政府による大規模計画と支出を求めている。

 確かにますます富裕層に富が集中し、環境汚染は進み、世界的な問題となっている。野党労働党党首のジェレミー・コービンがサンダースと同じく「社会主義」である英国では、小学生をはじめとした若者が環境保護を訴えて授業を休み、デモを繰り広げた。コービンも自分が首相になっていれば大学授業料は無料になっていたと述べ、人気を博している。

 AOCの訴えは魅力的ではある。しかし、どこから予算が生まれるのかははっきりしない。発言が事実とずれている、あるいは富裕層の税率を上げても求める政策の予算を満たさないなど、経済的つじつまが合わないと指摘されても動じることはない。トランプの時代、雰囲気や感情、うまい言葉の使い方が優先する。

 AOCは自分を民主社会主義者という。一般庶民の利益を優先するための民主化と平等な配分を意味する。若者にベジタリアンどころかビーガン(完全菜食主義者)が増え、AOCは「緑にくるまれた赤い」政策でトランプに次ぐといわれるほどの影響力を持つようになった。

 しかし、アメリカ人は本質的に競争を好み、大きな政府など権威に管理されることを嫌う。自力で金持ちになるのは尊敬される。AOCは年齢制限のため大統領になることはできない。しかし民主党がこの波に乗ろうとすると、国民の心情を利用するのが得意のトランプに民主党は非アメリカ的というレッテルを貼られかねない。

(敬称略)

(かせ・みき)