米大統領の露骨な政治戦略
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
歯向かう者は徹底攻撃
国内外への影響より次の選挙
トランプ米大統領の戦いはますます熱を帯びている。ジョン・ブレナン元中央情報局(CIA)長官の機密情報扱い権限の剥奪、伝統的メディア攻撃、トルコやイラン、中国への経済制裁発動、と攻撃対象は後を絶たない。
話題をさらうトランプ大統領の言動には共通目的がある。自分に歯向かう者の徹底攻撃と支持者の支援をさらに厚くすることである。
ブレナン氏はオバマ大統領時代のCIA長官で、深い信頼を得ている人物である。先月行われたトランプ大統領とプーチン・ロシア大統領の首脳会談後、トランプ大統領の発言を厳しく批判した。この会談は元諜報(ちょうほう)機関や安全保障関係者ばかりでなく共和党内からも、トランプ大統領はロシアの選挙介入を断定するアメリカの全ての諜報機関ではなく、介入を指示したとされるロシア大統領の肩を持ったと激しい非難を浴びた。
批判的コメントの中でもブレナン氏の言葉は際立った。トランプ大統領の言動を「国家への背信行為に近い」とし、大統領は「完全にプーチン氏に操られている」と述べた。怒り狂ったトランプ大統領がブレナン氏の機密情報扱い権限を剥奪した。
トランプ大統領は他にも元国家情報局長のジェームズ・クラッパー、元連邦捜査局(FBI)長官のジェームス・コーミー、元CIA長官のマイケル・ハイデン、元司法長官のサリー・エイツの各氏らから機密情報扱い権限を剥奪すると述べている。彼らもトランプ大統領の言動、特にロシアの選挙介入やプーチン大統領への姿勢を公に批判している。
一方、トランプ大統領を支持するフォックス・ニュースを除き、ニューヨーク・タイムズやCNNをはじめとした伝統的メディアとトランプ大統領の確執はさらに深刻になっている。大統領は自分や家族への非難、政策の過ち、発言の偽りや矛盾を指摘する報道を「フェイクニュース」と断定する。昨今ではメディアは「人民の敵」とまで述べ、そのあまりの辛辣さにそうしたメディアへの攻撃が憲法第1条に触れるか否かが議論されるほどである。
この言い分がいかに有効であるかは、トランプ大統領の支持者たちが、トランプ大統領批判や大統領に不利なニュースは全てフェイクニュースと見なすようになってきていることから明らかである。反トランプと見なされるジャーナリストへの嫌がらせも増えている。こうした緊張した情勢の中、8月16日には300以上のマスコミ機関が、自由なメディアは民主主義の根幹であり、ジャーナリストは人民の敵ではないという社説を一斉に掲載した。
一方、経済制裁の裏にもアメリカの利益や自由経済体制を守るといった以外の事情がある。トルコへの制裁は、エルドアン大統領が2016年のクーデターに加担したとされるトルコ在住20年のアメリカ人牧師を拘束し続けており、トランプ大統領がその釈放を求めたのにもかかわらず無視されたのが原因である。8月に入りギュル法相とソイル内相を経済制裁対象に指定すると発表し、さらに鉄鋼・アルミニウムに対する関税を倍に引き上げた。トルコリラは暴落し、そもそも不安定であったトルコ経済は債務危機を迎える恐れがある。
8月6日にはアメリカのイラン核合意からの離脱に伴う制裁猶予の期限が切れ、翌日から一部の制裁が再履行された。トランプ大統領はイラン核合意をひどいものと非難し続けてきたが、より意義ある合意の具体性やいかに達成するかは明らかにしていない。アメリカ大使館を占拠しアメリカ人を人質とした国への恨み、医療保険制度と同じくオバマ前大統領のレガシーの破壊が動機とみられる。
トランプ大統領はアメリカに対し莫大(ばくだい)な貿易黒字を積み上げる国、1980年代の日本、そして今の中国を不当にアメリカを搾取していると目の敵にしてきた。大統領選挙期間中から中国非難を繰り返し、報復を約束してきた。北朝鮮の核問題で中国の協力を必要としたため、両国の関係は安定していたが、金正恩朝鮮労働党委員長とのトップ会談が実現し、中国に頭を下げる理由はなくなった。国内総生産(GDP)世界第1位のアメリカと第2位の中国との貿易戦争は、両国ばかりでなく世界経済を脅かすことが心配されるが、中国攻撃はアメリカの有権者受けもよい。
トランプ大統領は自分に立ち向かう人々を許せない。あらゆる報復手段を使い屈服させようとする。そうした「強い」姿勢は、トランプ大統領を信じる支持者には受けが良い。
厳しい経済制裁がアメリカの消費者や農家、企業に悪影響をもたらすことからは目を背ける。有権者の抱く憎しみや対立が深まるのは選挙対策上有利である。2年近く拘束されてきた牧師を理由に、今、トルコに制裁を課すのは、明らかにエバンジェリカル(福音派)票確保の戦略である。憎きイランやアメリカを追い越すと恐れられる中国への攻撃に、多くのアメリカ人が留飲を下げる。
トランプ大統領はアメリカや世界経済への長期的影響、あるいはアメリカへの信頼、世界に繁栄や安定をもたらしてきた世界秩序への影響には関心はない。自分のエゴと保身、次の選挙しか目に入っていない。
(かせ・みき)