ウィルソンの理想主義と決別 アーサー・ハーマン氏

「米国第一」を問う トランプを動かす世界観(6)

米ハドソン研究所 上級研究員 アーサー・ハーマン氏(上)

トランプ米大統領は世界をどう見ているのか。

アーサー・ハーマン氏

米ハドソン研究所 上級研究員 アーサー・ハーマン氏

 我々(われわれ)はこれまでとは全く異なる世界に向かっているというのが、トランプ氏の世界観だ。ファシズム対民主主義、共産主義対民主主義といった大規模なイデオロギー対立から、大国同士、特に米国、中国、ロシアのライバル関係によって形作られる世界へと変わりつつある。このライバル関係の力学には、二つの特徴がある。

 一つは、大国間では競争が当たり前ということだ。中国は極めて大きな野心を持ち、ロシアも大国の群れの中で正当な地位を取り戻そうとしている。

 我々は1945年以降、争いは不自然で好ましくないと見なされる世界で生きてきた。すべての争いは解決され、皆、仲良く暮らさなければならない。そんな世界観は、競争が当たり前のビジネス界で生きてきたトランプ氏には、非現実的、非実用的と映るわけだ。

 二つ目は、争いは必ずしも戦争を意味しない、ということだ。外交や交渉によって争いや摩擦が軍事衝突へと飛び火するのを防ぐ。これは極めて伝統的な考え方であり、特に19世紀の欧州がそうだった。

 だが、このパターンを変えてしまったのが、ウラジーミル・レーニンとウッドロー・ウィルソン(第28代米大統領)だった。1917年にレーニンはロシアで共産主義革命を起こし、ウィルソンは民主主義を守る目的で第1次世界大戦への参戦を決めた。1917年を境に、より完全な世界へと導こうとするイデオロギーの対立が中心になってしまった。

 そのような時代は今、終わりに近づいている。大国間のライバル関係、バランス・オブ・パワー(力の均衡)が、争いを誰も望まない軍事衝突へと発展させるのを防ぐ1917年以前の世界に戻りつつある。

トランプ氏は、ウィルソン大統領から続く自由・民主主義の擁護者という米国の役割を放棄したのか。

 トランプ氏は、米国を自由のシンボルと捉える思想を放棄したわけではない。国連演説や国家安全保障戦略では自由や人権について多く言及している。

 だが、ウィルソンの考え方では、米国は自由のシンボルにとどまらず、他国に自由をもたらし、世界をより良くするという、神に選ばれた特別な使命がある。ウィルソン以降、ブッシュ(子)、オバマ両大統領を含め、すべての大統領がこの使命に取り組まなければならなかった。

 これにまったく縛られないのがトランプ氏だ。トランプ氏は世界を民主主義国家と独裁・共産主義国家に分断されているとは見ていない。さまざまな国家の集まりだと見ている。その中には自由な国家もあれば、そうでない国家もある。米国と他国との関係は、米国の利益を促進するかどうかで規定される。

理想主義に基づく米外交政策は失敗だったということか。

 そうではない。第1次世界大戦への参戦は、ドイツが欧州を支配するのを防いだ。これが第2次世界大戦ではファシズムに、冷戦では共産主義に対し、米国が立ち向かうことにつながった。だが、その一方で、ウィルソン的使命感に従った結果、ベトナム戦争やイラク戦争、さらにアフガニスタン戦争では、現地のみならず、米国内にも非常に悪い結果をもたらした。これらの戦争は、米社会を危機レベルにまで分裂させた。

(聞き手=編集委員・早川俊行)