バイデン米政権の対中政策
東洋大学現代社会総合研究所研究員 西川 佳秀
その本気度を見極めよ
舌鋒は鋭いが政策は現状維持
バイデン米政権は、中国に宥和(ゆうわ)的な政策を採るのではないかとの懸念が強かった。バイデン大統領の長男が中国系金融機関と深い関係にあることや、バイデン大統領はじめ側近の多くが中国に弱腰だったオバマ政権の幹部であったためだ。だが政権始動後、大統領や国務長官らは厳しい対中発言を繰り返し、また今回の先進7カ国首脳会議(G7サミット)はじめ一連の国際会議では反中での結束を同盟国に訴えるなど中国との対決姿勢を前面に打ち出している。しかし、「居眠りジョーが(冷戦を主導した)トルーマンのようになった」との安易な評価は禁物である。
国内の反中世論を意識
発足以来のバイデン外交を注視すると、3月の米中高官協議や4月の施政方針演説をはじめ、その後も中国を厳しく批判する発言や声明は多い。だが、中国批判の舌鋒の鋭さには、諸外国あるいは全米で高まる反中世論を意識し、「中国に甘い」との不信感を一掃するとともに、反中同盟への参加を各国に促し、またバイデン大統領がそれを率いる強い指導者であるかの印象を植え付ける狙いも込められている。
しかし重要なのはレトリックではなく、実際に採った対中政策とその実践である。バイデン政権は経済・技術の分野では、半導体など戦略物資供給網からの中国排除や中国企業への投資禁止措置の強化などを進めるが、それは米産業の振興という内政上の要請があるからだ。他方、安全保障や政治問題では過去の継承や現状維持の域を出ない政策が目に付き、演説の勢いほどには対中政策の厳しさが見て取れない。
例えば、中国の少数民族ウイグル族に対する人権侵害を「ジェノサイド(集団虐殺)」と糾弾するが、対中制裁はウイグル産綿製品の禁輸など前政権の踏襲で、新機軸は人権侵害を助長する監視技術への資金提供を禁じた程度だ。中国批判を重ねるブリンケン国務長官だが、2月と今月11日サミット直前の電話会談で楊潔篪国務委員に、今後も「一つの中国」原則を遵守(じゅんしゅ)する旨伝えたと報じられている。またブリンケン長官は国際機関への台湾加盟を強く主張するが、台湾の世界保健機関(WHO)復帰実現にアメリカが積極的に動いた気配はない。中国の海洋進出に対しても、この政権は「航行の自由作戦」を繰り返す程度にとどまっている。
こうした実態に鑑みれば、バイデン政権の対中政策の本質は次のように纏(まと)められよう。
①中国が世界の支配国家となることを認めず、その覇権獲得を阻止する②そのため中国の行動を抑制し、国際ルールの遵守を迫る③ただし、これまでのアメリカの対中・対台湾政策の基本は維持する④競争・対立はしても中国の「封じ込め」は目標とせず、利害が一致する分野では共存をめざし妥協や宥和も厭(いと)わない。
さらに注意すべきポイントだが、アメリカ単独で中国に対峙(たいじ)することは極力回避し、⑤トランプ政権時代に傷ついた同盟関係を再構築し、多国間の枠組みの下で中国に対処する。その際、人権・民主主義などの普遍的価値を同盟諸国の紐帯として活用する。
バイデン政権は、今春のクアッド(日米豪印)首脳とのテレビ会議や日米首脳会談を通して、アジア太平洋地域での同盟関係強化を打ち出した。さらに今般のサミットや北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の成功で、「民主主義諸国の再結集」による世界的な対中連携の枠組み作りは軌道に乗ったといえる。しかし、同盟諸国をいくら束ねてみても、要となるアメリカ自身に優勢な中国を押し返すだけの強い意志や実行力が伴わねば、中国を抑え込むには力不足だ。
人権・民主・反中の掛け声だけで対中政策の腰が据わらねば、オバマ政権の二の舞いに終わろう。経済や雇用など国内優先の姿勢を見透かされ、中国に侮られる恐れもある。米世論や議会の強い反中意識が、バイデン政権が対中宥和に傾斜することを防いでいるが、中国の覇権を阻止するには、より強力なリーダーシップと責任ある行動の実践がこの政権には求められる。
指導力の発揮促す必要
日本は、自らの防衛力を強化するとともに、他の同盟諸国とも密接に連携し、バイデン政権に対中政策でのリーダーシップ発揮と行動の実践を強く促す必要がある。また軍事力強化の取り組み(国防費増、米軍の前進配備)や対台湾政策(武器援助、国際社会への復帰支援など)の動きを注視し、バイデン政権の対中政策の本気度を見極めることも肝要だ。
(にしかわ・よしみつ)