最高裁が米大統領を決める?

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

接戦州の最終結果判断も
注目を集める後任判事の指名

加瀬 みき

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 米最高裁判事のルース・ベーダー・ギンズバーグが長い癌(がん)との戦いの末、逝去した。大統領選挙直前のこの出来事で、アメリカ政治はまるで大地震、台風に津波が同時に到来したかのような騒動になっている。

 最高裁判事を27年間務めたギンズバーグは、優秀であったにもかかわらず、就職できる法律事務所がなかったり、書記官になかなか採用してもらえなかったりと女性差別に苦しんだ。痩せた小さな身体で差別を受ける人々のために戦う、リベラルを代表する有名判事となった。

今後の米の在り方左右

 このギンズバーグの後任がいつ、誰によって指名され、議会がいつそれを承認するかにより、後任が同じくリベラルになるか、保守派になるかが決まり、大統領選挙の行方ばかりか、今後のアメリカの在り方を大きく左右することになる。

 最高裁の判決は中絶の是非や同性愛者の権利、銃の保有などアメリカ社会を真っ二つに分ける問題や医療保険加盟の条件、選挙制度に関する法律まで、政治や社会の在り方を大きく左右する。判事は大統領が指名するが、承認には上院の過半数の賛同が必要である。そして本人が辞任しない限り任期は一生である。多くの有権者はいつあるか分からない新判事任命を考慮して大統領を選ぶ。離婚2度、女性蔑視で知られるトランプ(大統領)を保守的なクリスチャンであるエバンジェリカル(福音派)が支持してきたのは、保守的な判事任命のためと言える。

 2016年の大統領選挙前にも最高裁判事が死亡した。当時、大統領は民主党のオバマだったが、上院で過半数を握っていた共和党は、新大統領が新判事を指名すべきだとし、オバマが指名した候補を考慮することすらしなかった。しかし、今、同じ共和党の上院議長は、選挙前に新判事を承認すると意気込んでいる。

 最高裁判事の定数は9人。現在4人が保守派、ギンズバーグが亡くなり、リベラルは3人。主席判事のジョン・ロバーツは保守派だが、時にリベラルに合意する穏健派とみることもできる。ここで保守派判事がもう一人増えれば、ロバーツを抜いても保守派が絶対多数となる。

 最高裁の判決は、選挙制度そのものに抜本的な影響を与えることができる。13年、保守派が多数となっていた最高裁は、5対4で投票権法の黒人等への差別を考慮した一部条項を違憲とした。投票や有権者登録時の差別を考慮したものだったが、時代とともにそうした配慮は不要となったという判断であった。しかし、この判決が下ってから6年の間に13の州で主に黒人やヒスパニックの居住区の約1700の投票所が閉鎖され、マイノリティーが多数有権者登録を抹消された。

 2000年のジョージ・ブッシュ対アル・ゴアの選挙では最終的に最高裁が大統領を決めたと言える。チャッドといわれる用紙に開けられた穴は判断しにくく、何度数え直しても双方が納得せず、結局、最高裁が数え直しの時間を区切り、ブッシュ大統領が誕生した。

 しかしトランプは負けたら平和的に権力を移行すると断言することを拒み、郵便投票は不正が多く信用できないとし、最高裁が大統領を決めるだろうと述べている。選挙結果を決めかねない接戦州での獲得票差がわずかであった場合、負け陣営が不正の可能性を訴えたり、郵便投票用紙が郵便局の不備で期限内に回収されなかったりなど何か問題があり、最終結果を出せない状況が複数の州で起こり、判断が最終的には最高裁に委ねられる可能性がある。

 だからこそ、トランプと共和党は選挙前に新任判事を任命しておきたい。

揺れる米国の民主主義

 20年前、ゴアは最高裁の判決が出るとそれをすぐに受け入れた。今年はどうであろう。最高裁に6人の保守派判事がいても、自分に不利な判決が出たらどうするのか。逆にこの最高裁がトランプの勝利を決めたら、バイデンはもとより民主党支持者がそれを受け入れるだろうか。

 アメリカは新型コロナ対策をめぐる対立や差別反対運動とそれに対する攻撃、社会の分断や格差の悪化から、ただでさえ一触即発の状態である。その上、最高裁が大統領を決める事態となったらどうなるか。平和的に国民が新大統領を受け入れるだろうか。アメリカの民主主義の在り方が大きく揺れている。(敬称略)

(かせ・みき)