脅かされる言論の自由 NYタイムズ編集幹部辞任

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 米紙ニューヨーク・タイムズが共和党上院議員の寄稿を掲載したことをめぐり、社内の反発により論説責任者が辞任に追い込まれたことが波紋を呼んだ。黒人男性の死亡を受けた抗議運動を機に、メディア内で異論を認めない左派勢力の圧力が強まり、言論の自由が脅かされているとの懸念が広がっている。
(ワシントン・山崎洋介)

米メディア 左派台頭
共和党議員寄稿に社内反発

トム・コットン米上院議員がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した論考

トム・コットン米上院議員がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した論考

 共和党のトム・コットン上院議員は3日、「軍隊を派遣せよ」と題した論考をNYタイムズに寄稿し、暴動に対応する警察官らが「支援を切実に必要としている」と指摘し、連邦軍を投入すべきだと主張した。

 これに先立ちトランプ大統領が連邦軍派遣を表明していたが、「軍の政治利用」などと批判を浴びていた。だが、これは1807年制定の「反乱法」に基づく合法的な手段で、過去に十数回用いられた前例がある。

 また、今月上旬に発表されたモーニングコンサルト社の世論調査によると、警察を支援するため連邦軍を派遣することを58%の有権者が支持。これには黒人有権者の37%が含まれた。

 あくまで「最終手段」であることから慎重な判断が求められるが、コットン氏の主張は決して常軌を逸したものではない。

 しかし、コットン氏の寄稿を掲載したことに対し、NYタイムズの社内から公然と非難の声が噴出するという異例の展開となった。

 同紙の記者らはツイッターに寄稿の見出しのスクリーンショットと共に、「これを実行すればNYタイムズの黒人職員を危険にさらす」とのメッセージを相次いで投稿。また、米メディアによると250人を超える職員が事実上のストライキを計画したという。

 同紙発行人のアーサー・グレッグ・サルツバーガー社主は当初、「多様な見解を受け入れる」とし、寄稿の掲載を擁護した。だが同紙はその後一転して、電子版の冒頭に編集者メモを付け加え、寄稿は「われわれの基準を満たしておらず、掲載すべきではなかった」と説明。7日にジェームズ・ベネット論説欄担当編集長は事実上の解任となった。

 同社は問題点として、コットン氏が寄稿で警察が「暴力の矢面に立たされている」とした表現が「誇張」だったなどと指摘するが、重大な欠陥があったことは示されなかった。むしろ、同社幹部が社内の圧力に屈し編集方針をゆがめたとの印象を残した。

 他の新聞社でも内部の「反乱」によって編集責任者が辞任に追い込まれる事態が起きた。

 ペンシルベニア州の有力紙フィラデルフィア・インクワイアラーは、「ビルディングス・マター・トゥー(建物も大事)」という見出しの記事を2日に掲載。暴動による建物の損壊への懸念を伝えたものだが、これを「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命が大事)」運動を貶(おとし)めるものだと受け止めた44人の非白人記者が経営陣への公開書簡を提出し、抗議のため「病欠する」と表明した。

「進歩主義が圧倒」と警鐘

 これを受け、同紙は「建物の喪失と黒人の生命を同等だと示唆した」として謝罪。6日に最高編集責任者の辞任を発表した。

 他の新聞社からは、左派勢力がメディア内で台頭していることがこうした事態の背景にあるとして懸念の声が上がっている。

 1846年に創刊された老舗新聞社のボストン・ヘラルド紙は「NYタイムズは進歩主義のために言論の自由を放棄」と題した社説を発表し、社内の圧力によってNYタイムズの論説責任者が辞任に追い込まれたことは、新聞を人質に取った上での「暴徒の勝利」だと断じた。その上で「かつては学術界にとどめられていた過激な進歩主義イデオロギーの伝道者によって報道の自由が圧倒されるのは危険だ」と警鐘を鳴らした。

 また、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、異論を封じる進歩主義勢力がジャーナリズムを支配しつつあるとし、「NYタイムズや他のリベラル系メディアが乗っ取られたことは、かつて米国のリベラリズムを規定した自由な研究とアイデアの競争を擁護する機関がさらに少なくなったことを意味する」と嘆いた。