コロナが揺さぶる米大統領選

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

米中関係の悪化に拍車
問われる医療、雇用、選挙制度

 勢いが止まらない新型コロナウイルスの感染拡大、そして跳ね上がる死者数はアメリカの大統領選挙の動向にも影響を与えている。

 新型コロナは右肩上がりの株価や失業者の大幅な減少に示される好調な経済を再選の武器としてきたトランプ大統領の計算を大きく狂わしたが、これから11月の選挙までにどこまで経済が回復するかが選挙を大きく左右するのは間違いない。しかし、新型コロナの影響はそれだけではない。

国内問題も浮き彫りに

 国際的な問題や紛争が起こると世界はアメリカが指導力を発揮することに慣れ、期待してきた。近年その役割を拒む姿勢が強くなっていたが、新型コロナがもたらした危機はアメリカに指導力を期待できないことを痛いほどはっきりと示した。トランプ大統領のアメリカは欧州という同盟地域とすら協調した対応を取ろうとしない。ましてや各国の力を総動員し、見えない敵と戦う姿勢は見えない。

 「G2」として来る国際秩序と注目された米中だが、摩擦の多かった関係はさらに悪化した。中国が当初、新型コロナに関する情報を隠蔽(いんぺい)し、事態を必要以上に深刻化させた責任は重い。しかし長い間アメリカの諜報(ちょうほう)機関や専門家たちの警告を無視し、新型コロナウイルスの恐ろしさを認めなかったトランプ大統領は事態が急激に悪化すると、自らの判断の過ちや対応を怠った責任から目をそらさせるためにも新型コロナを「中国ウイルス」と呼び、国民の怒りを中国に向けさせようとしている。しかし一方でアメリカの中国依存も明らかになった。多くの日常物資やアルミなどばかりでなく人工呼吸器やマスク、抗生物質をはじめとした薬も中国からの輸入である。

 一方、新型コロナは民主党の大統領候補確定を促すことにもなった。予備選開始当初、めざましい成績を収めていたサンダース上院議員が戦線から撤退せざるを得なくなったのは、勢いが一気にバイデン元副大統領に傾いたからだけではない。

 新型コロナの感染拡大が深刻になり市民の行動が制限されるようになると、サンダース氏が得意とする大集会開催も不可能となったことも、同氏が予備選を離脱しバイデン氏を支持することで民主党を団結させる選択をした理由であった。しかし、これはサンダース氏の長年の政治信念の一つが国民医療保険改革であったことを鑑みると、新型コロナ感染拡大がアメリカの医療制度の弱点を無残にさらしたまさにその時に、戦線を離脱せざるを得なかったのは皮肉である。

 アメリカは経済協力開発機構(OECD)の中で唯一、国レベルでの皆保険がない国であるが、サンダース氏は65歳以上の高齢者および障害者対象の連邦医療保険であるメディケアを国民全員に広めることを訴えてきた。メディケア以外には貧困層を対象にメディケイドがあるが、公的、民間いずれの保険にも加盟していないアメリカ人が2800万人(2018年)もいる。

 新型コロナは、この医療保険体制の欠陥をあらわにした。保険のない人々は新型コロナに感染していると思っても医療機関に行かず、ウイルスを広め感染者や死者を増やすことになっている。国レベルでの有給の病気休暇がないのも、失業保険を受けられない人が多いのも感染を拡大させている。

 さらには保険に加盟していてもほとんどの場合、雇用企業が支払人となっているため、解雇されれば同時に保険も失うことになる。新型コロナは失業者を急増させているが、その結果、保険を失った人の中で制度上あるいは経済的に新たに保険に入れない人がすでに700万人はいるとみられる。

 新型コロナは選挙制度のいびつさにも焦点を当てた。投票所の数や場所がマイノリティに不利であったり、郵便投票が選択できる州とできない州があったりと、感染を防ぎながら投票権を行使する条件は一律ではない。

主導権放棄、国民が審判

 新型コロナ感染拡大は、アメリカの医療保険制度や雇用制度、選挙制度、生活や生命維持に必要な物資の製造体制の在り方を問い直している。不信感を募らす中国とどう向き合ってゆくのか。アメリカが世界の中で果たす役割、アメリカがリーダーシップを放棄することのアメリカにとっての是非も問い直している。こうした問題への有権者の回答が11月の大統領選挙に大きな影響を与えることになる。

(かせ・みき)