米福音派とトランプ大統領再選

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

岩盤支持層に不協和音
絶対数も減少、対応迫られる

 トランプ米大統領誕生にエバンジェリカル(福音派)が大きく貢献したが、再選にはどう左右するだろう。大統領の岩盤支持層とされるエバンジェリカルだが、不協和音も聞こえ、また絶対的な数も減少傾向にあり、トランプ陣営は対応に迫られている。

系列誌が大統領を批判

 米下院が弾劾を決議した翌日、著名なエバンジェリカルの雑誌であるクリスチャニティ・トゥデイがトランプ大統領を批判し、職を辞すべしという社説を掲載した。クリスチャニティ・トゥデイは著名なエバンジェリスト故ビリー・グラハムが創設したエバンジェリカル系では最も影響力があるとされる中道の雑誌である。社説を執筆した編集長のマーク・ガリ氏(その後、退任)は弾劾裁判がトランプ大統領の個人の利益のための権力乱用、憲法違反、さらには大統領の道徳的欠陥を明らかにしたと述べている。

 しかし創設者の子息であるフランクリン・グラハム氏は故人である父はこの論説に絶対反対しただろうと抗議のツイートをしている。また同じくエバンジェリカル系雑誌であるクリスチャン・ポストがクリスチャニティ・トゥデイを批判し、トランプ大統領を支持する社説を掲載した。

 これはエバンジェリカルの中にあるトランプ大統領をめぐる対立が初めて大きな話題となった出来事である。トランプ大統領に対しはっきり物を言うリーダーを待ち焦がれていたもののトランプ大統領やその支持者を恐れていたエバンジェリカルの一部は、クリスチャニティ・トゥデイがトランプ大統領を批判したことに力を得た。同誌はトランプ大統領を批判する社説掲載後、読者を2000人失ったが新規購読者を5000人得たと発表している。

 そもそもエバンジェリカルには政治的色合いはなかった。しかし1970年代に宗教右派が保守的な政治思想を掲げ台頭し、多くの白人エバンジェリカルを取り込み、今ではエバンジェリカルは保守的白人で共和党を支持するクリスチャンとみられるようになった。

 しかしエバンジェリカルの中には非白人、あるいは白人でも中道や進歩的な信者もいる。特に若者の中には保守派に抵抗感を抱く信者が多いとされる。彼らの多くが、保守派エバンジェリカルは地球温暖化を否定、人種差別を容認し、富裕層を利する経済政策を受け入れる信者で、トランプ大統領を支持することでイエスを裏切った人々と見なしている。

 一方、保守派エバンジェリカルの中からも、シリアからの突然の撤退が地域での宗教迫害を悪化させ、さらにはイスラエルの治安を脅かすとトランプ大統領を批判する声が上がった。地域の不安定がさらなるテロを招く可能性も恐れている。

 大統領選挙を前にエバンジェリカルの中のトランプ批判が表立ったことにトランプ陣営も明らかに動揺している。クリスチャニティ・トゥデイの社説掲載後、突如エバンジェリカルを取り込むための「トランプ大統領を支持するエバンジェリカル」運動を開催することを発表した。選挙運動の一環として練られていたが、前倒しで行われたのは、一種のダメージコントロールと見なされている。

 さらにトランプ大統領は中絶反対集会に参加した。毎年ワシントンで開催されてきたが、大統領の参加は初めてである。イスラエル寄りの中東和平政策やメキシコとの国境沿いの壁建設のための予算確保努力などと合わせ、保守派エバンジェリカル票確保が狙いである。

支持基盤の白人人口減

 トランプ陣営にとっての懸念は、エバンジェリカル内の反トランプ派が少数といえども勢いを得ること以外に、白人エバンジェリカルの数自体が減っていることであろう。白人のクリスチャンはここ10年で人口比10%減であるが、その中でも2010年には人口比21%であった白人エバンジェリカルは、今、15%となっている。白人人口そのものが減っているが、共和党支持者の72%が白人である。

 保守派エバンジェリカルの中でも女性や若者の一部が、弾劾調査後、トランプ大統領から離れているとも見られている。接戦州でこうして少しずつエバンジェリカル票が削られれば、トランプ大統領の再選にも大きな影響がある。

(かせ・みき)