アメリカ社会を蝕む「絶望死」
アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
薬物による死者が急増
悪循環に陥る低学歴白人男性
アメリカ経済は好調である。株式市場は右肩上がり、史上最高値が頻繁に更新される。失業率も昨年12月で3・5%と1969年以来の最低である。ところが一方では先進国の中で唯一平均寿命が短くなり、「絶望死」が大幅に増えている。
日本の平均寿命は84・1歳(2017年)で世界第2位、しかしアメリカは47位で78・54歳。14年の74・9歳をピークに以降下がり続けている。18年の死亡率は17年比1・22%増、17年は前年比1・24%増であった。
10年間で100万人が死亡
15年にプリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授が、高校卒以下の教育レベルの白人男性の「絶望死」が急増しているという研究論文を発表した。「絶望死」には自殺、アルコール中毒、薬物による死が含まれる。経済回復が進めばこの数字は減ると思われたが、年とともに数はむしろ増えている。ブルッキングス研究所がアメリカのオピオイド危機と絶望感の関連に関するリポートを出しているが、それによれば06年から15年の間にいわゆる「絶望死」を遂げた人数は100万人になる。
米議会でも問題の深刻さを受け止め、上院の合同経済委員会が昨年9月に絶望死の長期傾向に関するリポートを発表した。アルコール中毒による死の中にアルコール依存症による精神不安定に関連した死も含めるなど、ケース/ディートン論文と定義に多少の違いがあるが、結論は変わらない。ヒスパニックを除いた45歳から54歳の白人の「絶望死」が急激に、そして大幅に増えている。
議会リポートによれば2000年には「絶望死」者は10万人当たり22・7人であったが、17年にはその数が何と倍の45・8人となっている。自殺やアルコール関連も増えたが、一番大きな要因は薬物である。薬物による死者は1999年には約1万7000人であったが、2017年には7万人強、07年からの10年で倍に膨らんだ。近年大きな社会、経済問題となっているフェンタニルなどのオピオイドによる死者が急増し、アルコール関連死や自殺を上回るようになった。それもヒスパニック以外の白人男性の薬物関連死が1990年以降急増した。
オピオイドが急激に広まったのは、そもそも通常の痛み止めの使用を政府、薬品会社そして医師が積極的に後押ししたからである。患者は次第により強い痛み止めを求め、また処方箋を出してもらえなくなった患者は闇で薬を調達するようになり、中毒患者が増えた。強い薬は痛みを和らげる即効性はあっても中毒、突然死も招く。
なぜ「絶望死」が急増したのであろう。ブルッキングス研究所のリポートによれば死亡率が高いのはミシシッピ、アラバマ、テネシー、ケンタッキー州とかつては製造業や炭鉱で栄え、教育レベルの高くない人々が職を得ていた。肉体労働で痛み止めを必要とし、それが中毒につながる。工場や炭鉱の閉鎖もあり失職し、教育レベルの低さからIT知識などを要す近代的な職には就けない。それが肉体だけでなく精神の痛み止めを求める理由となり、中毒死や自殺にもつながる。家庭は崩壊し、次の世代もまともな教育も受けられない。こうして絶望の悪循環を生んでいる。
しかし、こうした地区以外でも「絶望死」は起きており、経済的要因以外の側面が探られている。
社会構造の変化も要因
議会リポートによれば第1次、第2次世界大戦中は自殺が減っており、それは戦争が社会を団結させ、それが絶望感を緩和していた。今、地域とか社会の役割、伝統的な製造や貿易の構造が崩れ、技術革新が進む中、人々をつないでいた共同体や絆が崩れたことにも目を向ける必要がありそうだ。
安定した家庭、そしてアメリカの場合は教会中心の倫理観や地域家族観、さまざまな奉仕やスポーツなどの地域活動が人々のよりどころともなっていた。そうした構造が崩れている。そしてハイテクが人の直接接触を減らしている。
白人の教育レベルの低い人々がこうした変化に一番打撃を受け、絶望死亡率が急増しているのかもしれない。しかし、問題が社会全体に広まっているのは間違いない。アメリカの経済発展の裏に隠された社会の安定、人々の幸せに関わる基本的な社会構造の変化は他の先進国への警告でもある。
(かせ・みき)











